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丹沢三峰山(2016.12.24)
2017 / 01 / 27 ( Fri )
 丹沢山地東端の名山・大山の北に、ぎざぎざの稜線を持つ山が門衛のように聳えている。これが三峰山で、名の通り、どこから見てねもラクダのこぶのようなピークが3つ目立つ(但し、経ヶ岳から撮った下の写真では、大山の手前の三峰山はピークが4つ見える。真ん中の二つが中峰、右端が北峰)。
20160416-37 経ヶ岳より大山
 かつてある会員が登って「とんでもない凄い山だった。」と呆れつつ感嘆していたので、どんなところかと調べると、やせ尾根、鎖場、梯子などが連続し、ほとんどアスレチック・フィールド状態らしい。本来なら岩場苦手の筆者が行く対象ではないのだが、実はこのあたりの山に登らねばならぬ、あるよんどころない事情があった。本厚木駅近くの飲み屋「十和田」で魚をつまみに打上げしたいという宿願があったのである。登山なしで打上げというわけにはゆかないので、本厚木を起点に、既に登った仏果山あたりを除いた山を探したところ、白羽の矢が立ったのがここだったのである。
 ネットで記録の文章や写真を詳しく見たところ、切れ落ちた岩壁などはなく、あまり恐怖感はなさそうだ。雪がついたりする前にと、2017年の登り納めをこの山に選んだ。

 840本厚木発宮ヶ瀬行きバスで山合いの煤ヶ谷へ。920出発、谷太郎川沿いの道に入り、すぐに右手の山に取り付いて登り始める。しばらく谷間を登り、左に回り込んでゆくと、尾根の南斜面に出た。珍しくシデ類が多い雑木林で、行く手に三峰山の北峰らしいピークが見える。ヒヨドリも啼かず、人声もせず、明るくて静寂な山だ。心がほぐれてゆく。
20161224-02 丹沢・三峰山
 やがて尾根上に出て、1020、標高550mで、物見峠への道を右に分ける。木の間越しに、春に登った仏果山方面が見えてきた。
20161224-03 丹沢・仏果山
 1050頃、三峰に続く主稜線に出て、それを南に辿ってゆく。20分ばかり行ったところだったろうか、右手(稜線西側)が大きく崩れたところに出た。このあたりの地質は、中期~後期中新世(約1500万~700万年前)に噴火した火山のデイサイト・流紋岩類の火山岩だそうだが、全部が固結しているわけでないらしい。かといって全部ざらざらの土砂だったらとうに削られて、そもそも山になっていないはずで、硬い岩の部分とザレの部分が入り混じっているのだろう。ともあれ、崩壊地なので眺めは良く、西の丹沢主脈が一望できた。
20161224-04 三峰山より丹沢山地・丹沢山、蛭ヶ岳、西峰、中峰、東峰
 その先で鞍部に下ると、行く手に北峰が迫る。東側も急峻で、角度は45度以上。樹林だから誤魔化されるが、地形だけ見れば斜面と言うより崖だ。登山道は尾根上の延々と伸びる木の階段。丹沢名物だが歩きにくい、疲れる代物。これをうんすん登って1135-40、まずは北峰。樹林の中の山頂で展望はほとんどない。
 ここからが本格的なやせ尾根になるので、バランスを崩さないようカメラはザックにしまいこむ。ゆえにしばらく写真なし。関心のある方は、ネットでご覧下さい。梯子、鎖場はさほど大したことはなかった。岩には手がかりが多く、摩擦もしっかりあるので、鎖に頼る必要はほとんどなかった。問題はやせ尾根。特に左右両方が崩壊したところは、道幅30cmほどしかなく、手がかりがないので、絶対にバランスは崩せない。中には、崩壊が稜線にまで達してしまい、かろうじて残った木の根しか手がかりがないところもあった。何で飲み屋のためにこんなところを通らなければならないのかとぼやきたくなる。
 1200-20、935mの中峰。ここから南峰へも似たようなやせ尾根。よって「以下同文」。
 南峰(1230-45)からはしばらく急な下り。ただし滑落の心配はない。鞍部で大山への縦走路と別れ、東の谷へと下ってゆく。予想より長い下りで、途中3か所ほど、露岩にちょっとした鎖がついていたが、あのやせ尾根に比べれば何ということもない。
沢沿いまで下りてくると水音が聞こえ、下るにつれてそれが次第に増してゆく。左右から流れ込む枝沢には小さな滑め滝が多く、それはそれで魅力的な風景だった。
20161224-08 三峰山・谷太郎川
 1345、不動尻の車道終点に到着。しばらく荒れた車道を歩き、1400、トイレ。真っ暗なトンネルを抜けて、広沢寺温泉めざして下ってゆく。車道脇にハンター姿の一行が集まっていたのでふと覗くと、濃い赤身の肉の塊が幾つも山になっていた。予想通り、鹿猟だった。軽トラックの荷台に養生シートを敷き、その上で解体作業が進んでいて、鹿君はあらかた骨になっている。増えすぎた野生鳥獣の頭数管理に尽力しておられる皆様に感謝。そういえば丹沢では女性ハンターが活躍しているらしいが…。
 1450広沢寺温泉着。道端に庚申塔や石仏。1500過ぎのバスで本厚木に戻り、当初予定通り「十和田」にくり込んで、美味しい刺身類で心おきなく打上げを楽しんだ。
20161224-12 広沢寺・庚申塔
 正月の綱の上御前山と言い、今年の山登りは最初と最後が変てこな険しい山だった。もうあのやせ尾根はあるきたくないが、大山から縦走してきて広沢寺に下るならありかなと思う。勿論、そこまでしつこくこだわるのは、そこに「十和田」があるからだ。
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百蔵山(2017.1.15)
2017 / 01 / 27 ( Fri )
当初、宮古橋から百蔵山の南西山腹にある岩峰・大洞岩(標高509m)に登り、東に尾根を辿り、907mの大同山に突き上げる道のない尾根を登って、東に山頂(1003m)に向かう予定だった。ところが、猿橋駅に近づくと、日向は全然雪が見えず枯色なのに、日陰は一面べったりと雪で、まるで流れ流れて東北は鳴子温泉あたりにでも来てしまったような景色だった。900に駅を出発して予定の道を歩いていると、甘酒を手にした地元のおじさんが「どこへ行くんだい?」と声をかけてくる。「大洞岩から百蔵へ」と答えると、「あんなとこに登るんか? エライ大変なところを。」と言う。やはり日陰はかちかちの雪らしい。さらに「そこの先の火の見櫓んとこを右に曲がって登ってけば、そっちから大洞岩に行けるよ。」と教えてくれた。これは悪魔の囁きだ。岩場のトラバースで凍った雪は不安なので、即座に悪魔に魂を売った。
 結果、下図の赤線のコースを辿り、林道から尾根通しに大洞岩を1時間かけて往復した。尾根にはテープと踏み跡があり、迷う心配はなかったが、春以降は薮が繁ってしんどいだろう。登り着いた大洞岩は、各種リポートに紹介されている通り、眺めが良い。
daidmap.jpg
 まずは西に、雁ヶ腹摺山や大菩薩南半分の小金沢連嶺。滝子山の尖がりが印象的。
20170115-09 大洞岩より大菩薩・小金沢連嶺
 南には、岩殿山、菊花山、高川山など大月近辺の山と、その奥に富士山。あいにく中腹から上は雲に隠れていたが、晴天なら絶景であろう。
20170115-10 大洞岩より菊花山、高川山、岩殿山
 1050に林道に戻り、その先の雪具合も勘案して、山頂へは一般道で登ることにする。山腹を巻く車道を辿り、1115、住宅地の中の登山口。しばらく住宅地の急坂を登ると暗い植林地に入り、沢状の地形をつづら折りで登ってゆく。単調なアルバイトだ。やがて左手の尾根に乗ると、1220、尾根上のやや開けた場所に出た。ベンチがあり、赤松の木立の向こうに丹沢~富士山の眺めが覗く。なかなか気持ちの良い休憩場所だった。
20170115-29 百蔵山中腹
 そこから緩い登りを15分程で、大同山と山頂を結ぶ東西の主稜線に出る。あとは東に尾根通しになだらかに登ってゆく。山頂付近は10cmもない程度の雪が残っていた。
 1300、1003mの百蔵山に到着。南が伐採されて眺めがすこぶる良く、丹沢~道志の山並みが一望できる。山肌に雪がついているせいで、細かな山襞が一層強調され、山深い印象を受ける。
20170115-22 百蔵山より丹沢、道志山地
 右端は、西に鋸歯状の岩尾根を伸ばした御正体山。甲斐駒から鋸岳にかけてをやや平らにしたように見えませんか? 実に風格がある山で、いつかぜひ登りたいものだ。
20170115-23 百蔵山より御正体山
 左端は丹沢の蛭ヶ岳らしい。こんなドーム状の山頂だとは知らなかった。
20170115-26 百蔵山より丹沢・蛭ヶ岳
 山頂で暖かい汁物とお餅の昼食。Hさんが素材を全部下ごしらえし、出汁も準備しておいて下さったおかげで、短時間で美味しいのが完成した。本来ならこれで体の芯から温まるはずなのだが、どうも気温は氷点下らしく、ちらちら雪のかけらまで舞ってきて、爪先や指先などが痛くなった。
 記念撮影をして1350出発。下り、凍りついた雪道が心配だったので、簡易装着スパイクを初めて試してみる。ゴムに金属ピンを打ったもので、アイゼンよりも簡単に取り付けられる。結果、何の危険もなく楽ちんで歩けた。アイゼンだと、雪のないところで木の根に刺さってバランスを崩したりする心配があるが、その点こちらの方が安心。夏の白馬大雪渓で試して問題なければ、アイゼンからこちらに乗り換えるかもしれない。
 麓に着いたら、奇勝・猿橋に寄ってみる。
20170115-34 猿橋
 本当は橋のたもとの大黒屋の手打ちそばが目当てだったのだが、あいにく早じまいしていた。近くの店で「激辛 南蛮味噌」を土産に買う。本当に激辛だった。
 駅からは、今日登った百蔵山が夕日を浴びていた。高尾駅前のいつもの店で楽しく打上げしておしまい。
20170115-39 猿橋より百蔵山
11:53:09 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
駿河・浜石岳(2016.12.17)
2016 / 12 / 26 ( Mon )
 何と運がいいのか、一年のうちにこれほどの冬晴れは何日もなかろうと思われるピーカン、雲一つない天気が終日続いた。最寄り駅の由比に向かう途中、東海道線の車窓から富士山があっけらかんとすべて丸見え。女神様なのにそんなにあられもなくて良いのかしらんと心配に思うほど。
20161217-03 富士山
    東海道線からの富士山
 858、由比駅に11人到着、920出発。しばらく旧東海道を北に歩き、左折して山手に登ってゆく。新幹線を橋で跨ぐと西山寺の集落に入る。ご当地らしく山裾にはミカン畑が広がるが、夏ミカンか何かの晩柑類ばかりで、期待していた「完熟温州ミカンの無料販売」は全然見当たらない。
 狭くて急な車道(農道?)をうんすん登ってゆく。先頭と末尾に大分距離が空き、先頭集団の元気な歌声は、時折微かに漂ってくるだけになった。登るにつれて、愛鷹山、箱根、駿河湾、伊豆半島と、展望が開けてくる。
20161217-08 由比より箱根、駿河湾北部、伊豆半島
    浜石岳山腹からの駿河湾
 標高400mあたりからミカン畑に代って植林地となり、薄暗くなった。下生えにはフユイチゴが目立つ。果実は奥多摩あたりより小ぶりだったが、完熟したのはそれなりに甘かった。これをミカンの代用とする。
 1100-1115、標高500m超の野外活動センター着。グラウンド、アスレチック、展望台がある。駿河湾の向こうには、Hさんから「とてもつまらない山」の烙印を押されてしまった、一応深田百名山の天城山。
20161217-11 由比より伊豆・天城山
    伊豆半島・天城山
 ここから植林地をトラバース気味に左に登り、標高640mあたりで薩た峠からの道と合流する。あとは主稜線を北に一足投で、1145、707mの浜石岳山頂に着いた。予想以上に開けた広場になっていて、まずは正面にどおんと富士山。
20161217-15 浜石岳より富士山
    浜石岳山頂からの富士山
 振り返ると、地図の通りの釣針形をした清水港と三保松原。ちびまる子ちゃんの故郷だ。
20161217-21 浜石岳より清水港
    浜石岳山頂からの清水港
 西には、南アルプス南東部の山々が連なっている。
20161217-17 浜石岳より南アルプス南部・真富士山
 上の写真の中央が真富士山。これから北の方に目を移すと、下のように、笊ヶ岳、七面山、篠井山など、比較的名の知れた山々。七面山の大崩れもはっきり見える。ただしあいにく、期待していた白峰三山は雪雲に閉ざされて見えなかった。
20161217-19 浜石岳より南アルプス南部
    笊ヶ岳、七面山、篠井山
 1230下山開始。分岐で先頭集団が往路を戻ってしまう一幕があったが、幸い携帯電話が通じて事なきを得た。
地すべり管理センターというのがあったりして、どうもここらは地すべり多発地帯らしい。その目で地形図を見ると、案の定地すべり地形だらけ! あちこちに「傾斜が不規則に変わる斜面」だの「山中の突然の平地」だの「意味不明な凹地」がある。例えばあの野外活動センターなど、主稜線直下の癖にやけに平地が広がっている。また、薩た峠への途中に道標の出ていた立花池やその周辺も、不規則な等高線、あちこちの凹地など、もう地すべり臭いこと! 興味ある方は地理院地図をご覧あれ。
 地質図では、浜石岳から篠井山にかけては「約700万~170万年前の堆積岩」となっている。まだ海底で出来てほやほやの柔らかい岩なので、押されて盛り上がったものの、すぐに崩れてしまうのだろう。

 国道を見下ろせるところまでひたすら下り、ミカン畑の中を通ってゆくと、やっと薩た峠の展望台(1515-40)に到着した。北を望むと、左手は急斜面の山、右手は駿河湾、真ん中を国道一号線や東海道線が走り、その奥に富士山が上半身を覗かせている。お茶漬け海苔でお馴染みの、歌川広重描く『東海道五十三次 由比・薩た嶺』そのままの風景である。
20161217-34 薩た峠より富士山
    薩た峠からの富士山
1024px-Tokaido53_Yui.jpg
    歌川広重『東海道五十三次 由比・薩た嶺』
 Kさんは、広重の絵に登場する、崖の上から覗く旅人の場所を一所懸命探していた。
 ところで『新古今集』冬・675に

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

という山部赤人の和歌が収められており、小倉百人一首にも含まれて人口に膾炙している。この歌の言葉通りだと、赤人は田子の浦から富士山を望み、その時山頂には雪が現に降っていたということになる。Mさん指摘のように、雪が降っていたら山頂は雪雲に閉ざされて見えないはずで、おかしい。
実は、万葉集巻三所収の元の形は

 田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪はふりける

で、新古今のものとはあちこち異なっている。雪は「ふりける」なので、降った後に晴れ上がった山頂を見ていることになり、何も問題ない。ところが、家にある万葉集の注釈を読んでびっくり。「田子の浦ゆ」は、「田子の浦からしばらく行ったところ」で、薩た峠付近だとしている。つまりこの有名な歌も、広重の絵と同じ風景を詠んだというのだ! でも、雪の富士なら田子の浦からの方がもっと間近によく見えたはずだが…。
  伊豆半島に突き出ているのはたぶん波勝崎。
20161217-33 薩た峠より波勝崎
 薩た峠からはトラバース気味に由比の集落に下ってゆく。箱根が夕日を浴びて薔薇色に燃えている。
20161217-48 由比より箱根
    夕映えの箱根山
 道端の日蔭には、ミカンに混じって仄白い枇杷の花。
 夕富士や 峠に冥き 枇杷の花
               雲谷斎
 西倉澤に入ると、脇本陣の柏屋など、旧街道らしい建物が残っている。あちこちで温州ミカンを無人販売していて、片っ端から買い求めた。畑から採って間もないミカンは酸味が立っていて大好きなのだ。
20161217-45 由比・脇本陣柏屋
    脇本陣柏屋
 漫画・ドラマの『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之さんの著作に、何回かに分けて2年がかりで東海道を東京から大阪まで一人旅した記録『野武士、西へ』がある。回数を重ねるごとに旧街道っぽさへの感覚が研ぎ澄まされてゆくのが窺え、旅の味わい豊かな好著だ。いつかこの本を手に旧東海道を歩いてみてもいいかな、など思いつつ由比駅前に到着。1630、予定通りの時刻に一行は、打上げの店「銀太」にどやどやとくり込んでいったのである。
17:34:20 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
戸隠高原・瑪瑙山(2016.10.9)
2016 / 12 / 26 ( Mon )
 モンテ祭を兼ねた戸隠集中の2日目。朝の800 頃まで土砂降りだったので、本命の黒姫山はあえなく中止となった。しかしその後雨脚は急速に弱まり、900 には上がってしまったので、手近な瑪瑙山を往復することにする。
 林間の古道を越水ヶ原方向に歩く。木道も山道も濡れて滑りやすい。ヤマブドウなど一部の木が色づいているだけで、林はまだ初秋の景色。去年より秋が遅い気がする。
20161009-09 戸隠高原・ヤマブドウ
    ヤマブドウの紅葉
 越水から車道を東南東に登り、戸隠スキー場。時季外れなので廃墟のように閑散としているが、冬は賑わうのだろうか? スキー場の中の道を瑪瑙山めざして登る。砂利道なので歩きにくいことこの上ない。
 1135、怪無山への分岐。右の道を採って、尾根へと登る。草原にはリンドウやウメバチソウがぽつぽつと咲いていた。
20161009-13 怪無山・ウメバチソウ
  ウメバチソウ
 宮沢賢治の童話『鹿踊りのはじまり』で、登場する鹿がすすき野原でこういう歌を詠む。
 「ぎんがぎがの すすぎの底でそつこりと 咲ぐうめばぢの 愛どしおえどし」
 本当に「愛どしい」花であった。
 尾根を切り開いた、戦車道のような直線道をひたすら山頂に向かってつめ、1235、標高1748mの瑪瑙山頂。東には去年登った飯縄が結構立派に見え、西には高妻山から戸隠、西岳、小ぶりながらつんと尖った一夜山までの連なりが見える。
20161009-25 瑪瑙山より高妻山
   高妻山
20161009-21 瑪瑙山より戸隠連峰
   戸隠山
 山頂からは北の尾根を回り、怪無山への分岐に戻った。あとは往路を戻る。林にヤマアカガエルがいた。
20161009-32 瑪瑙山・ヤマアカガエル

17:15:39 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
乾徳山 旗立岩中央稜 2016年11月13日(土) 
2016 / 11 / 22 ( Tue )
メンバー KAさん・Kわだ  他 Eさん・ CHIさん・ Mさん

大平高原9時20分〜懸垂下降地点10時50分〜中央岩稜取り付き11時50分
〜14時55分岩登り終了 登山道〜16時20分登山口

私Kわだ以外の4名は10日前のリベンジです。
その時は取り付きの岩を間違えて、別の岩ルートを登ってしまったとのこと。
先ずは乾徳山登山道を普通に登山します。
1時間ほど登って、月見岩→扇平で休憩。
見事な雲海に、これまた見事な白銀の富士山が!
IMG_20161112_101740.jpg

再び登山を開始して頂上まで10分ほど手前のところで
登山道を離れて断崖へ到着。
えっ この左に落ちてる&下が見えないところに行くんですか!?
と発したいところを飲み下して、皆の動きを見ながら準備を始めます。
IMG_20161112_105622.jpg

ここから懸垂下降して、岩場の取り付き位置へ移動。
本日の岩登り 旗立岩中央稜 に、リベンジとあってすんなり到着。さすがです。
2016-11-12_11-54-55_438.jpg
ガスもあがってきておどろおどろしい雰囲気です。

2チームに分かれて、先ずは Eさんがトップを行きます。
中間支点が左右に分かれていて、Eさんは右側岩稜を選んで真っ直ぐに進みます。
(Eさんを探せ・・・小さく右上に Eさんが取り付いているのが見えます)
IMG_20161112_122708.jpg

後ろのチームは左ルートを選んで、ロープの手繰りがスムーズにいかずに
苦労していました。
Eさんの上にかぶさるように飛び出ている岩が、今回の核心(らしい)小ハングです。
私は2番目に行かせてもらいましたが、この小ハングで手こずってため息をもらしました。

スラブの1ピッチ目に比べると、2ピッチ目・3ピッチ目は大きな岩の重なりなので
外れそうな岩に注意すれば滑落の心配はありません。
ピッチ間の長いロープの処理にフル回転の二人。
役立たずの私はプルプルしながら寒さをこらえます。
IMG_20161112_134648.jpg

3ピッチ目はKAさんがリード。短い区間でしたが、実に気持ちよさそうです。
岩頂上の後方は、もう登山道近くの終了地点でした。
IMG_20161112_135551.jpg

ここから後続チームを写真取りしました。
これまた気持ちよさそうです。
乾徳山 旗立岩中央稜 2016年11月13日(土)

ああ、楽しかった(^∇^)ノ 











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丹沢三峰山(2016.12.24)
2017 / 01 / 27 ( Fri )
 丹沢山地東端の名山・大山の北に、ぎざぎざの稜線を持つ山が門衛のように聳えている。これが三峰山で、名の通り、どこから見てねもラクダのこぶのようなピークが3つ目立つ(但し、経ヶ岳から撮った下の写真では、大山の手前の三峰山はピークが4つ見える。真ん中の二つが中峰、右端が北峰)。
20160416-37 経ヶ岳より大山
 かつてある会員が登って「とんでもない凄い山だった。」と呆れつつ感嘆していたので、どんなところかと調べると、やせ尾根、鎖場、梯子などが連続し、ほとんどアスレチック・フィールド状態らしい。本来なら岩場苦手の筆者が行く対象ではないのだが、実はこのあたりの山に登らねばならぬ、あるよんどころない事情があった。本厚木駅近くの飲み屋「十和田」で魚をつまみに打上げしたいという宿願があったのである。登山なしで打上げというわけにはゆかないので、本厚木を起点に、既に登った仏果山あたりを除いた山を探したところ、白羽の矢が立ったのがここだったのである。
 ネットで記録の文章や写真を詳しく見たところ、切れ落ちた岩壁などはなく、あまり恐怖感はなさそうだ。雪がついたりする前にと、2017年の登り納めをこの山に選んだ。

 840本厚木発宮ヶ瀬行きバスで山合いの煤ヶ谷へ。920出発、谷太郎川沿いの道に入り、すぐに右手の山に取り付いて登り始める。しばらく谷間を登り、左に回り込んでゆくと、尾根の南斜面に出た。珍しくシデ類が多い雑木林で、行く手に三峰山の北峰らしいピークが見える。ヒヨドリも啼かず、人声もせず、明るくて静寂な山だ。心がほぐれてゆく。
20161224-02 丹沢・三峰山
 やがて尾根上に出て、1020、標高550mで、物見峠への道を右に分ける。木の間越しに、春に登った仏果山方面が見えてきた。
20161224-03 丹沢・仏果山
 1050頃、三峰に続く主稜線に出て、それを南に辿ってゆく。20分ばかり行ったところだったろうか、右手(稜線西側)が大きく崩れたところに出た。このあたりの地質は、中期~後期中新世(約1500万~700万年前)に噴火した火山のデイサイト・流紋岩類の火山岩だそうだが、全部が固結しているわけでないらしい。かといって全部ざらざらの土砂だったらとうに削られて、そもそも山になっていないはずで、硬い岩の部分とザレの部分が入り混じっているのだろう。ともあれ、崩壊地なので眺めは良く、西の丹沢主脈が一望できた。
20161224-04 三峰山より丹沢山地・丹沢山、蛭ヶ岳、西峰、中峰、東峰
 その先で鞍部に下ると、行く手に北峰が迫る。東側も急峻で、角度は45度以上。樹林だから誤魔化されるが、地形だけ見れば斜面と言うより崖だ。登山道は尾根上の延々と伸びる木の階段。丹沢名物だが歩きにくい、疲れる代物。これをうんすん登って1135-40、まずは北峰。樹林の中の山頂で展望はほとんどない。
 ここからが本格的なやせ尾根になるので、バランスを崩さないようカメラはザックにしまいこむ。ゆえにしばらく写真なし。関心のある方は、ネットでご覧下さい。梯子、鎖場はさほど大したことはなかった。岩には手がかりが多く、摩擦もしっかりあるので、鎖に頼る必要はほとんどなかった。問題はやせ尾根。特に左右両方が崩壊したところは、道幅30cmほどしかなく、手がかりがないので、絶対にバランスは崩せない。中には、崩壊が稜線にまで達してしまい、かろうじて残った木の根しか手がかりがないところもあった。何で飲み屋のためにこんなところを通らなければならないのかとぼやきたくなる。
 1200-20、935mの中峰。ここから南峰へも似たようなやせ尾根。よって「以下同文」。
 南峰(1230-45)からはしばらく急な下り。ただし滑落の心配はない。鞍部で大山への縦走路と別れ、東の谷へと下ってゆく。予想より長い下りで、途中3か所ほど、露岩にちょっとした鎖がついていたが、あのやせ尾根に比べれば何ということもない。
沢沿いまで下りてくると水音が聞こえ、下るにつれてそれが次第に増してゆく。左右から流れ込む枝沢には小さな滑め滝が多く、それはそれで魅力的な風景だった。
20161224-08 三峰山・谷太郎川
 1345、不動尻の車道終点に到着。しばらく荒れた車道を歩き、1400、トイレ。真っ暗なトンネルを抜けて、広沢寺温泉めざして下ってゆく。車道脇にハンター姿の一行が集まっていたのでふと覗くと、濃い赤身の肉の塊が幾つも山になっていた。予想通り、鹿猟だった。軽トラックの荷台に養生シートを敷き、その上で解体作業が進んでいて、鹿君はあらかた骨になっている。増えすぎた野生鳥獣の頭数管理に尽力しておられる皆様に感謝。そういえば丹沢では女性ハンターが活躍しているらしいが…。
 1450広沢寺温泉着。道端に庚申塔や石仏。1500過ぎのバスで本厚木に戻り、当初予定通り「十和田」にくり込んで、美味しい刺身類で心おきなく打上げを楽しんだ。
20161224-12 広沢寺・庚申塔
 正月の綱の上御前山と言い、今年の山登りは最初と最後が変てこな険しい山だった。もうあのやせ尾根はあるきたくないが、大山から縦走してきて広沢寺に下るならありかなと思う。勿論、そこまでしつこくこだわるのは、そこに「十和田」があるからだ。
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百蔵山(2017.1.15)
2017 / 01 / 27 ( Fri )
当初、宮古橋から百蔵山の南西山腹にある岩峰・大洞岩(標高509m)に登り、東に尾根を辿り、907mの大同山に突き上げる道のない尾根を登って、東に山頂(1003m)に向かう予定だった。ところが、猿橋駅に近づくと、日向は全然雪が見えず枯色なのに、日陰は一面べったりと雪で、まるで流れ流れて東北は鳴子温泉あたりにでも来てしまったような景色だった。900に駅を出発して予定の道を歩いていると、甘酒を手にした地元のおじさんが「どこへ行くんだい?」と声をかけてくる。「大洞岩から百蔵へ」と答えると、「あんなとこに登るんか? エライ大変なところを。」と言う。やはり日陰はかちかちの雪らしい。さらに「そこの先の火の見櫓んとこを右に曲がって登ってけば、そっちから大洞岩に行けるよ。」と教えてくれた。これは悪魔の囁きだ。岩場のトラバースで凍った雪は不安なので、即座に悪魔に魂を売った。
 結果、下図の赤線のコースを辿り、林道から尾根通しに大洞岩を1時間かけて往復した。尾根にはテープと踏み跡があり、迷う心配はなかったが、春以降は薮が繁ってしんどいだろう。登り着いた大洞岩は、各種リポートに紹介されている通り、眺めが良い。
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 まずは西に、雁ヶ腹摺山や大菩薩南半分の小金沢連嶺。滝子山の尖がりが印象的。
20170115-09 大洞岩より大菩薩・小金沢連嶺
 南には、岩殿山、菊花山、高川山など大月近辺の山と、その奥に富士山。あいにく中腹から上は雲に隠れていたが、晴天なら絶景であろう。
20170115-10 大洞岩より菊花山、高川山、岩殿山
 1050に林道に戻り、その先の雪具合も勘案して、山頂へは一般道で登ることにする。山腹を巻く車道を辿り、1115、住宅地の中の登山口。しばらく住宅地の急坂を登ると暗い植林地に入り、沢状の地形をつづら折りで登ってゆく。単調なアルバイトだ。やがて左手の尾根に乗ると、1220、尾根上のやや開けた場所に出た。ベンチがあり、赤松の木立の向こうに丹沢~富士山の眺めが覗く。なかなか気持ちの良い休憩場所だった。
20170115-29 百蔵山中腹
 そこから緩い登りを15分程で、大同山と山頂を結ぶ東西の主稜線に出る。あとは東に尾根通しになだらかに登ってゆく。山頂付近は10cmもない程度の雪が残っていた。
 1300、1003mの百蔵山に到着。南が伐採されて眺めがすこぶる良く、丹沢~道志の山並みが一望できる。山肌に雪がついているせいで、細かな山襞が一層強調され、山深い印象を受ける。
20170115-22 百蔵山より丹沢、道志山地
 右端は、西に鋸歯状の岩尾根を伸ばした御正体山。甲斐駒から鋸岳にかけてをやや平らにしたように見えませんか? 実に風格がある山で、いつかぜひ登りたいものだ。
20170115-23 百蔵山より御正体山
 左端は丹沢の蛭ヶ岳らしい。こんなドーム状の山頂だとは知らなかった。
20170115-26 百蔵山より丹沢・蛭ヶ岳
 山頂で暖かい汁物とお餅の昼食。Hさんが素材を全部下ごしらえし、出汁も準備しておいて下さったおかげで、短時間で美味しいのが完成した。本来ならこれで体の芯から温まるはずなのだが、どうも気温は氷点下らしく、ちらちら雪のかけらまで舞ってきて、爪先や指先などが痛くなった。
 記念撮影をして1350出発。下り、凍りついた雪道が心配だったので、簡易装着スパイクを初めて試してみる。ゴムに金属ピンを打ったもので、アイゼンよりも簡単に取り付けられる。結果、何の危険もなく楽ちんで歩けた。アイゼンだと、雪のないところで木の根に刺さってバランスを崩したりする心配があるが、その点こちらの方が安心。夏の白馬大雪渓で試して問題なければ、アイゼンからこちらに乗り換えるかもしれない。
 麓に着いたら、奇勝・猿橋に寄ってみる。
20170115-34 猿橋
 本当は橋のたもとの大黒屋の手打ちそばが目当てだったのだが、あいにく早じまいしていた。近くの店で「激辛 南蛮味噌」を土産に買う。本当に激辛だった。
 駅からは、今日登った百蔵山が夕日を浴びていた。高尾駅前のいつもの店で楽しく打上げしておしまい。
20170115-39 猿橋より百蔵山
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駿河・浜石岳(2016.12.17)
2016 / 12 / 26 ( Mon )
 何と運がいいのか、一年のうちにこれほどの冬晴れは何日もなかろうと思われるピーカン、雲一つない天気が終日続いた。最寄り駅の由比に向かう途中、東海道線の車窓から富士山があっけらかんとすべて丸見え。女神様なのにそんなにあられもなくて良いのかしらんと心配に思うほど。
20161217-03 富士山
    東海道線からの富士山
 858、由比駅に11人到着、920出発。しばらく旧東海道を北に歩き、左折して山手に登ってゆく。新幹線を橋で跨ぐと西山寺の集落に入る。ご当地らしく山裾にはミカン畑が広がるが、夏ミカンか何かの晩柑類ばかりで、期待していた「完熟温州ミカンの無料販売」は全然見当たらない。
 狭くて急な車道(農道?)をうんすん登ってゆく。先頭と末尾に大分距離が空き、先頭集団の元気な歌声は、時折微かに漂ってくるだけになった。登るにつれて、愛鷹山、箱根、駿河湾、伊豆半島と、展望が開けてくる。
20161217-08 由比より箱根、駿河湾北部、伊豆半島
    浜石岳山腹からの駿河湾
 標高400mあたりからミカン畑に代って植林地となり、薄暗くなった。下生えにはフユイチゴが目立つ。果実は奥多摩あたりより小ぶりだったが、完熟したのはそれなりに甘かった。これをミカンの代用とする。
 1100-1115、標高500m超の野外活動センター着。グラウンド、アスレチック、展望台がある。駿河湾の向こうには、Hさんから「とてもつまらない山」の烙印を押されてしまった、一応深田百名山の天城山。
20161217-11 由比より伊豆・天城山
    伊豆半島・天城山
 ここから植林地をトラバース気味に左に登り、標高640mあたりで薩た峠からの道と合流する。あとは主稜線を北に一足投で、1145、707mの浜石岳山頂に着いた。予想以上に開けた広場になっていて、まずは正面にどおんと富士山。
20161217-15 浜石岳より富士山
    浜石岳山頂からの富士山
 振り返ると、地図の通りの釣針形をした清水港と三保松原。ちびまる子ちゃんの故郷だ。
20161217-21 浜石岳より清水港
    浜石岳山頂からの清水港
 西には、南アルプス南東部の山々が連なっている。
20161217-17 浜石岳より南アルプス南部・真富士山
 上の写真の中央が真富士山。これから北の方に目を移すと、下のように、笊ヶ岳、七面山、篠井山など、比較的名の知れた山々。七面山の大崩れもはっきり見える。ただしあいにく、期待していた白峰三山は雪雲に閉ざされて見えなかった。
20161217-19 浜石岳より南アルプス南部
    笊ヶ岳、七面山、篠井山
 1230下山開始。分岐で先頭集団が往路を戻ってしまう一幕があったが、幸い携帯電話が通じて事なきを得た。
地すべり管理センターというのがあったりして、どうもここらは地すべり多発地帯らしい。その目で地形図を見ると、案の定地すべり地形だらけ! あちこちに「傾斜が不規則に変わる斜面」だの「山中の突然の平地」だの「意味不明な凹地」がある。例えばあの野外活動センターなど、主稜線直下の癖にやけに平地が広がっている。また、薩た峠への途中に道標の出ていた立花池やその周辺も、不規則な等高線、あちこちの凹地など、もう地すべり臭いこと! 興味ある方は地理院地図をご覧あれ。
 地質図では、浜石岳から篠井山にかけては「約700万~170万年前の堆積岩」となっている。まだ海底で出来てほやほやの柔らかい岩なので、押されて盛り上がったものの、すぐに崩れてしまうのだろう。

 国道を見下ろせるところまでひたすら下り、ミカン畑の中を通ってゆくと、やっと薩た峠の展望台(1515-40)に到着した。北を望むと、左手は急斜面の山、右手は駿河湾、真ん中を国道一号線や東海道線が走り、その奥に富士山が上半身を覗かせている。お茶漬け海苔でお馴染みの、歌川広重描く『東海道五十三次 由比・薩た嶺』そのままの風景である。
20161217-34 薩た峠より富士山
    薩た峠からの富士山
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    歌川広重『東海道五十三次 由比・薩た嶺』
 Kさんは、広重の絵に登場する、崖の上から覗く旅人の場所を一所懸命探していた。
 ところで『新古今集』冬・675に

田子の浦に うち出でてみれば 白妙の 富士の高嶺に 雪は降りつつ

という山部赤人の和歌が収められており、小倉百人一首にも含まれて人口に膾炙している。この歌の言葉通りだと、赤人は田子の浦から富士山を望み、その時山頂には雪が現に降っていたということになる。Mさん指摘のように、雪が降っていたら山頂は雪雲に閉ざされて見えないはずで、おかしい。
実は、万葉集巻三所収の元の形は

 田子の浦ゆ うち出でてみれば 真白にそ 富士の高嶺に 雪はふりける

で、新古今のものとはあちこち異なっている。雪は「ふりける」なので、降った後に晴れ上がった山頂を見ていることになり、何も問題ない。ところが、家にある万葉集の注釈を読んでびっくり。「田子の浦ゆ」は、「田子の浦からしばらく行ったところ」で、薩た峠付近だとしている。つまりこの有名な歌も、広重の絵と同じ風景を詠んだというのだ! でも、雪の富士なら田子の浦からの方がもっと間近によく見えたはずだが…。
  伊豆半島に突き出ているのはたぶん波勝崎。
20161217-33 薩た峠より波勝崎
 薩た峠からはトラバース気味に由比の集落に下ってゆく。箱根が夕日を浴びて薔薇色に燃えている。
20161217-48 由比より箱根
    夕映えの箱根山
 道端の日蔭には、ミカンに混じって仄白い枇杷の花。
 夕富士や 峠に冥き 枇杷の花
               雲谷斎
 西倉澤に入ると、脇本陣の柏屋など、旧街道らしい建物が残っている。あちこちで温州ミカンを無人販売していて、片っ端から買い求めた。畑から採って間もないミカンは酸味が立っていて大好きなのだ。
20161217-45 由比・脇本陣柏屋
    脇本陣柏屋
 漫画・ドラマの『孤独のグルメ』の原作者・久住昌之さんの著作に、何回かに分けて2年がかりで東海道を東京から大阪まで一人旅した記録『野武士、西へ』がある。回数を重ねるごとに旧街道っぽさへの感覚が研ぎ澄まされてゆくのが窺え、旅の味わい豊かな好著だ。いつかこの本を手に旧東海道を歩いてみてもいいかな、など思いつつ由比駅前に到着。1630、予定通りの時刻に一行は、打上げの店「銀太」にどやどやとくり込んでいったのである。
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戸隠高原・瑪瑙山(2016.10.9)
2016 / 12 / 26 ( Mon )
 モンテ祭を兼ねた戸隠集中の2日目。朝の800 頃まで土砂降りだったので、本命の黒姫山はあえなく中止となった。しかしその後雨脚は急速に弱まり、900 には上がってしまったので、手近な瑪瑙山を往復することにする。
 林間の古道を越水ヶ原方向に歩く。木道も山道も濡れて滑りやすい。ヤマブドウなど一部の木が色づいているだけで、林はまだ初秋の景色。去年より秋が遅い気がする。
20161009-09 戸隠高原・ヤマブドウ
    ヤマブドウの紅葉
 越水から車道を東南東に登り、戸隠スキー場。時季外れなので廃墟のように閑散としているが、冬は賑わうのだろうか? スキー場の中の道を瑪瑙山めざして登る。砂利道なので歩きにくいことこの上ない。
 1135、怪無山への分岐。右の道を採って、尾根へと登る。草原にはリンドウやウメバチソウがぽつぽつと咲いていた。
20161009-13 怪無山・ウメバチソウ
  ウメバチソウ
 宮沢賢治の童話『鹿踊りのはじまり』で、登場する鹿がすすき野原でこういう歌を詠む。
 「ぎんがぎがの すすぎの底でそつこりと 咲ぐうめばぢの 愛どしおえどし」
 本当に「愛どしい」花であった。
 尾根を切り開いた、戦車道のような直線道をひたすら山頂に向かってつめ、1235、標高1748mの瑪瑙山頂。東には去年登った飯縄が結構立派に見え、西には高妻山から戸隠、西岳、小ぶりながらつんと尖った一夜山までの連なりが見える。
20161009-25 瑪瑙山より高妻山
   高妻山
20161009-21 瑪瑙山より戸隠連峰
   戸隠山
 山頂からは北の尾根を回り、怪無山への分岐に戻った。あとは往路を戻る。林にヤマアカガエルがいた。
20161009-32 瑪瑙山・ヤマアカガエル

17:15:39 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
乾徳山 旗立岩中央稜 2016年11月13日(土) 
2016 / 11 / 22 ( Tue )
メンバー KAさん・Kわだ  他 Eさん・ CHIさん・ Mさん

大平高原9時20分〜懸垂下降地点10時50分〜中央岩稜取り付き11時50分
〜14時55分岩登り終了 登山道〜16時20分登山口

私Kわだ以外の4名は10日前のリベンジです。
その時は取り付きの岩を間違えて、別の岩ルートを登ってしまったとのこと。
先ずは乾徳山登山道を普通に登山します。
1時間ほど登って、月見岩→扇平で休憩。
見事な雲海に、これまた見事な白銀の富士山が!
IMG_20161112_101740.jpg

再び登山を開始して頂上まで10分ほど手前のところで
登山道を離れて断崖へ到着。
えっ この左に落ちてる&下が見えないところに行くんですか!?
と発したいところを飲み下して、皆の動きを見ながら準備を始めます。
IMG_20161112_105622.jpg

ここから懸垂下降して、岩場の取り付き位置へ移動。
本日の岩登り 旗立岩中央稜 に、リベンジとあってすんなり到着。さすがです。
2016-11-12_11-54-55_438.jpg
ガスもあがってきておどろおどろしい雰囲気です。

2チームに分かれて、先ずは Eさんがトップを行きます。
中間支点が左右に分かれていて、Eさんは右側岩稜を選んで真っ直ぐに進みます。
(Eさんを探せ・・・小さく右上に Eさんが取り付いているのが見えます)
IMG_20161112_122708.jpg

後ろのチームは左ルートを選んで、ロープの手繰りがスムーズにいかずに
苦労していました。
Eさんの上にかぶさるように飛び出ている岩が、今回の核心(らしい)小ハングです。
私は2番目に行かせてもらいましたが、この小ハングで手こずってため息をもらしました。

スラブの1ピッチ目に比べると、2ピッチ目・3ピッチ目は大きな岩の重なりなので
外れそうな岩に注意すれば滑落の心配はありません。
ピッチ間の長いロープの処理にフル回転の二人。
役立たずの私はプルプルしながら寒さをこらえます。
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3ピッチ目はKAさんがリード。短い区間でしたが、実に気持ちよさそうです。
岩頂上の後方は、もう登山道近くの終了地点でした。
IMG_20161112_135551.jpg

ここから後続チームを写真取りしました。
これまた気持ちよさそうです。
乾徳山 旗立岩中央稜 2016年11月13日(土)

ああ、楽しかった(^∇^)ノ 











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