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宮ヶ瀬湖北・権現平~南山(2019/2/17)
2019 / 02 / 22 ( Fri )

  江戸時代、枯野見と言う風習があった。『精選版日本国語大辞典』によれば、「冬の暖かい日に郊外の枯野を見に行くこと。江戸では、向島の長命寺から白髭あたりの冬景色を見ることをさした」とある。吉川英治の『松のや露八』には「『虫聴』だの『千鳥聴き』だの『枯野見』などという遊びは、遊びに飽いた江戸人だけが思いついてする遊びであった。」、岡本綺堂の『半七捕物帳 薄雲の碁盤』には「『枯野見なんて云うのは、今どき流行りませんね。雪見だって、だんだんに少なくなりましたよ』と、徳次は笑った。」とあるそうだ。江戸後期の十方庵敬順の紀行文集『遊歴雑記』には、枯野見に便利な携帯焜炉と茶道具が登場する。
 私の属する「怪奇倶楽部」と称する物好きの会(古今東西の良質の怪談・怪奇小説を愛読し、怪奇映画やドラマを鑑賞し、味わい深い土地を訪ねて地霊と交信する会)では、この由緒ある枯野見を現代に復活させ、ここ十数年続けてきた。十方庵敬順に倣ってガスコンロで茶を淹れ、枯野の中で一服しながら、十数キロ歩くのである。
 今回、初の試みとして標高500mを超える山に登ることにした。これまでは精々300m程度の丘のようなところばかりだったのである。選んだのは、相模原市の西郊外、宮ヶ瀬湖の北に連なる権現平~南山の尾根。さらに東に志田峠を越え、愛川町の三増まで歩いた。
 957橋本駅発のバスで小一時間揺られ、終点の鳥居原ふれあいの館に1045着。農林産物直売所なのだが、凍結防止なのかトイレは閉鎖されている。行楽客やライダーたちがたくさんいるのに、不親切なこと限りない。
 車道から尾根末端に取り付き、高度を上げてゆく。照葉樹も混じった雑木林と、杉・檜の植林で、風情のある林とは言いにくい。1125、高圧線の下に出る。北西に奥秩父~大菩薩連嶺が見えた。1145、569mの権現平着。名前の通り平らな山頂で、南東端に展望台が設けてある。丹沢の山々、以前登った高取山~仏果山、南山、宮ヶ瀬湖、南東の厚木方面の平野が見える。空気が澄んでいたら房総半島も見えるらしい。
権現平より宮ヶ瀬ダム、高取山、仏果山
      権現平より宮ヶ瀬湖、高取山
 山頂には木のテーブル・椅子やトイレもあるので、ゆっくり休憩できる。ここで昼食と、枯野見に欠かせないお茶。「どこでも抹茶」という商品があって、小袋に緑茶の粉末が入っており、お湯さえあれば抹茶が飲める。とても便利だが、よく考えると抹茶を好きなだけ持ってくれば済む話なのであった。
 1235に出発、だらだら東に尾根を辿ると544mの南山に着く。この山頂からは蛭ヶ岳や大山が格好良く見えた。三ノ塔の方は尾根が幾重にも重なって逆光が美しい。
南山より宮ヶ瀬湖、丹沢山地
     南山より丹沢山地
南山より三ノ塔
     三の塔
 南山からは「あいかわ公園」に向かってひたすら下ってゆく。丹沢名物の木の階段で、山慣れない同行者は相当こたえていた。あいかわ公園は宮ヶ瀬ダムのすぐ近くにあり、いかにもダム開発の副産物の地域振興策と言った感じだが、事業計画書を見ると果して「あいかわ公園は、宮ヶ瀬ダム建設に伴い喪失した中津川渓谷に替わり、ダムサイトゾーンの活性化を目指して整備され、宮ヶ瀬湖畔園地(愛甲郡清川村)、鳥居原園地(相模原市緑区:旧津久井町)とならぶ宮ヶ瀬湖周辺3拠点の一つとして、宮ヶ瀬湖周辺地域での多様なレクリエーション、観光、自然環境保全等の役割を担っています。」とあった。
 予定では中津川左岸の尾根に登り返してずっと南東に縦走するはずだったのだが、階段でくたびれ果てて「もう登りはイヤだ」との声が上がり、この尾根の北の峠道を越えることにした。あいかわ公園の北に服部農場というレジャー牧場があり、牛・馬・羊などを飼育して、乳製品やソーセージ、ドイツビールを売っていた。ソーセージとドイツビールには三人とも目がないので、思わずここで第一次打ち上げをしようかと思ったが、あまりの値段に冷や水を浴びせられた。ソーセージ3本とビール1本で2000円でっせ!無茶すぎるわ!
 人のほとんど見えない林道みたいな道を東に辿って志田峠を越える。馬頭観音の碑が4基並び、福助が正座していた。
     志田峠の馬頭観音碑
     志田峠の馬頭観音碑
 未舗装の悪路を歩いて志田の里に出たが、堆肥工場があってとんでもない悪臭がする。その先の中原地区は、地図で見ると大規模な養鶏場があるので、そこを避けてゆく。白梅が早春の里らしい。これぞ枯野見の喜びである。
20190217-11 中原の梅
 街道が通っていたらしい三増(静かな里なのに、養鶏場の臭いが…)からバスで本厚木へ。『精選版日本国語大辞典』の枯野見の説明には最後に、「吉原に遊ぶ口実ともなった。」と書いてあるが、清く正しい怪奇倶楽部会員はそんな悪所には引かれず、メンバーの同級生・村田元秀氏が経営する相模大野の飲み屋「げんちゃん」で、自慢の餃子や焼き鳥を堪能したのであった。
 後日、「次回は平らなところを頼みます」と釘を刺されてしまった。

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西丹沢・大野山 格好の展望台(2019/1/26)
2019 / 02 / 22 ( Fri )

 家族とその友人と、富士山の眺めを楽しむ軽いハイキングをすることにした。ヤマレコの地図で物色して白羽の矢を立てたのが、西丹沢の低山・大野山(723m)。御殿場線の谷峨駅から歩いて登れ、山頂が牧場になっていて、富士山、丹沢、箱根の眺めが良いという。
 多摩市の永山駅を800に出て、小田急で新松田へ、御殿場線に乗り換えて938に谷峨着。神奈川県内の癖に、御殿場線は何とICカードが使えず、登山客が切符販売機と窓口に列をなした。新松田から谷峨へはバスもあるみたいなので、そちらも選択肢かも。
 谷峨駅には、元気の良い、しかしやせた三毛にゃんがいて、盛んにごろごろ転がって遊んでいる。生憎餌を持参していなかった。ごめんね。
20190126-06 谷峨駅にゃん
 駅から、めざす大野山の牧場の頂が間近に見える。
20190126-08 谷峨より大野山
 吊橋で酒匂川を渡り、ジグザグの古い車道を登って嵐の集落へ。そこから山裾を巻く感じで、山道を都夫良野(つぶらの)の「頼朝桜」まで登る。途中の高圧線の下から富士山が見えた。朝は快晴だったのに、南東山腹に雲が湧いて山頂を少し隠している。
頼朝桜というのは、「頼朝がここに手植えした」とかいう特定の桜の木のことではなく、河津桜の別称らしい。あたりはログハウスなどあって公園になっている。そこからまた山道に入って尾根を一登りすると、林道に出会う。その先が地図にもジグザグの出ている本格的な登り。丹沢名物の階段が整備されているが、階段にリズムを合わせにくい。トレーニングでテント、寝袋など背負ってきたので、暑い。南西に、谷峨の地名の元かもしれない「谷ケ」という集落のあるなだらかな斜面が見える。茶畑になっているらしく、雲南・四川あたりから東南アジアにかけてのどこかの桃源郷のように見えた。奥には越前岳。
20190126-11 大野山より谷ケの畑地
 20分ほどで急登は終わり、山頂の一角の緩斜面に出た。「なあんだ、もうあと5分ぐらいで着くな」と思ったらそれが大間違い。この緩斜面が結構広く、真の山頂までは15分ばかり歩かされた。とはいえ、富士山がきれいに山頂まで見せ、南には箱根の山々、小田原のある足柄平野、さらに江の島や房総半島、伊豆大島まで見えて、展望を満喫できる。
20190126-15 大野山より富士山

20190126-17 大野山より相模湾
  さらに山頂近くになると、北に丹沢の主要な峰々が群像となって姿を現した。まずは道志西部の御正体山と丹沢西端の菰釣山。
20190126-21 大野山より御正体山、菰釣山、権現山
 その右に、畦ヶ丸山、加入道山、大室山が並ぶ。大室山は都内から見ても大きいが、この角度からも重量感たっぷりで風格がある。さらに東に、檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山と、丹沢の核心部の峰々が続く。都内や山麓からは見られない展望だ。同角ノ頭が鋭く尖っているので、近くにいた別パーティーのおじさんが仲間にしたり顔に、「檜洞丸は右の方!」と教えていた。どう見ても左の方が高いでしょうよ!
20190126-22 大野山より畦ヶ丸山、加入道山、大室山
     畦ヶ丸山、加入道山、大室山
20190126-37 大野山より檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山
     檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山
20190126-37 大野山より檜洞丸、同角ノ頭
       檜洞丸(中央)、同角ノ頭(右)!!
 北には、三保ダムと丹沢湖も見下ろせる。
20190126-32 大野山より丹沢湖
 1145-1220、山頂で昼食休憩。平らな芝生で、東屋、ベンチ、トイレまであって、交流ハイク向きかと思われるが、冬期はトイレの水は止まっている。
 帰りは南東に山北駅まで下る。しばらく牧場を東に辿るが、進行方向に鍋割山が見えた。
20190126-39 大野山より鍋割山
      鍋割山
20190126-36 大野山より箱根・明神岳、神山、金時山     
      箱根・明神岳、神山、金時山
 大野山は火山ではないのに、道の脇には黄土色の軽石っぽい土が露出していた。ひょっとしたら富士山の噴出物、それも1707年の宝永噴火のものではなかろうか?
20190126-42 大野山、富士山のテフラ?
 畜舎に向かう車道から右に分かれて、登山道を下る。しばらく階段で急降下し、その後はトラバース気味に植林地を下ってゆく。1325、地蔵尊のある所に着いた。このあたりの岩は、丸い礫を含んだ礫岩で、礫の中にはたぶん丹沢山地由来と思われる花崗岩質のものもあった。
20190126-45 大野山中腹、前期更新世の礫岩中の深成岩礫
 この礫岩は258~40万年前に海でできたものだそうで、ということは最長でも250万年の間に、海底から標高500mほどにまで隆起してきたことになる。大陸プレートとフィリピン海プレートの境界が、ちょうど大野山の南山腹にあるそうだから、地殻変動が激しいのもうなずける。1923年の関東地震の震源が丹沢西部という説もあるし…。
 1340に古宿集落に下山、廃校を転用した共和のもりセンターというところでコーヒー一服、後は馬頭観音、道祖神などの石碑を見ながら、山北駅に1450に着いた。


20190126-51 馬頭観音像

20190126-58 道祖神



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南薩摩山めぐり~その1
2019 / 02 / 18 ( Mon )
2/1~5の5日間、知覧観光と開聞岳をメインに、南薩摩を満喫してきた。
静岡出身の私としては、鹿児島空港の脇に広がる茶畑を見たときから、親近感でいっぱいに。
旅先で出されるお茶は「まずい」ことがほとんどだが、知覧、坊津(秋目)はおいしいお茶をいただいた。
私にとって、お茶がおいしいって、すごく大事なポイントなのだ。
鹿児島、とても素敵なところだった。

さて、今回登った山は、金峰山、開聞岳、野間岳、磯間嶽。
観光は、知覧の他、南さつま海道八景めぐり、指宿砂蒸し、開聞岳の眺望めぐり。
忘れられない出会いは、笠沙美術館の管理番をしていた、元遠洋漁業漁師さんと黒瀬杜氏さん。

じっくりと南薩摩を味わいつくす旅ができ、この上なく満ち足りた気持ちで帰ってきた。

1日目。鹿児島空港でレンタカーを借りて、金峰山(きんぽうざん)へ。
40周年の折、奥秩父にある金峰山の信仰の道=御嶽道についていろいろ調べたことが思い出される。
不思議な縁だ。
こちらは「きんぽうざん」と呼ぶが、由来は同じ。蔵王権現を祀る、修験の山である。

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金峰山神社から、中岳、東岳、北岳とめぐる手ごろなコースを歩いてみた。
全部回っても、駐車場から小一時間なので、貴重品とカメラだけを持って出発。

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神社の脇から、照葉樹林の中の道を登っていく。
山頂近くまで来ているので、なだらかで登山道と言うより、散策路という感じ。

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山頂近くの展望所からは、開聞岳が見える。
(ツル?のくちばしの先あたり)

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金峰山山頂標識。
この日は風が強く、セルフで撮るのも大変だった。
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このあと、一旦駐車場に戻って、北岳へ向かう。
野間岬、野間岳が見えたのだけれど、風の強さに長居できず。

下山後は一路知覧へ。
50歳という年齢で訪れる知覧は、若者を特攻作戦に送り出した大人の側の責任を考えさせられた。
この日は、特攻の母と呼ばれる、鳥濱トメさんが営んでいた富屋旅館に泊まる。
さて、この旅館の看板。
これは、実際にはあり得なかった構図なのだが、そこにトメさんの思いが込められているという。
この写真に込められた思い、みなさんはどう感じるだろうか?

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2日目。開聞岳登山。
知覧から開聞岳へ向かう道は、高台に広がる茶畑の中を走っていて、まるで牧ノ原台地(静岡)のよう。
茶畑越の開聞岳を眺めながら、麓にある登山口へ向かった。

登山者用駐車場のある開聞岳キャンプ場から見上げた開聞岳。
葉を落とした樹々が点在する芝生の広場に、さんさんと陽が射して、冬とは思えない穏やかさ。

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標識を頼りに歩いて行くと、2合目登山口。
開聞駅近くに1合目があるので、車で来ると、2合目からのスタートになる。

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ここから山頂まで、ほぼ均等に合目標識がある。
日帰り装備で歩くと、だいたい20分で1合くらいのペースだった。
4合目あたりまでは、照葉樹林の中を、火山らしいザレた道が続く。
5合目に展望所が設けられている。樹林の合間から、東側の展望がのぞく。
7.1合目は、眼下に東シナ海がドーンと広がり、解放感あふれる展望場所。

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が、写真にすると海しか写らないので、展望写真はなし(笑)。

登山道が西側斜面を回りこむようになると山頂も近づく。
これはその辺りで広がる西側の展望。
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7~9合目は、2ヶ所ほどはしごがかけられ、岩がごろごろしたところを登っていく。
足元には霜柱も残っていて、900mを超える標高を感じさせる。

ちょうど麓の街で正午を知らせる音楽が鳴り響く頃、山頂到着。
それなりに登山者もいて、賑やか。
岩の上でひなたぼっこしながら、行動食をつまむ。
いい眺めだ。

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のんびりしていたい気持ちもあるが、まだまだ見てみたい景色が待っているので、
早々に山頂を後にする。
下山は1合15分くらいのペースだった。
午後2時をまわる頃、まだ2~3合目ですれ違う登山者もいて、意外だった。
夕景でもみるのだろうか?

このあと、海沿いの展望所、火の神公園、大野山展望所などに立ち寄り、
いろいろな開聞岳の姿を楽しみながら、今日の宿、秋目の民宿へ向かった。
ここは、鑑真和上が上陸した地とされ、鑑真記念館がある。
民宿でお風呂の支度が整うまで、のんびりと夕景を楽しんだ。

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夕食は、秋目でその日にとれたクロダイや、モンゴウイカなど、魚づくしの料理をいただく。
明日は、昼頃から雨予報。
野間岳は、野間神社からのピストンに変更。

(その2へつづく)


23:27:54 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
道志・今倉山、二十六夜山~大展望と晩秋の色~(20181117)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 849に都留市駅で電車を降りると、あれっ、一人足りない?? 何某さんが京王線車内で眠ってしまい、高尾山口まで乗り過ごしてしまったという。仕方ないので、タクシーで追いかけてもらうことにして、915発のバスに乗る。ところが! 富士急の次の電車がつくのは917なのだ! しかも、運転手さんは915にバスを転がしてくると、「ちょっとトイレ」と言って消えてしまった。おお、トイレが長引いてくれれば、917に着く何某さんも駆け込めるのではないか? 一同、「もっとゆっくりトイレして」「ついでに大きいのも…」と必死で祈ったが、運転手さんの膀胱には通じなかったようで、バスは無情にも出発した…。それにしても、917に電車が着くのに915発にするとは意地悪だ。おまけに最新のホームページには「910発」と掲載されている(↓)。どうなっておるのか!
バスダイヤ
 バスは町を抜けて東の山中に入ってゆく。御正体山の登山口(細野)というのも過ぎた。紅葉の美しいヘアピンカーブを上り、945、道坂隧道着。おや、何某さんが先に着いている! バスが回り道しているのを尻目に、ショートカットで上ってきたのだった。タクシーの運転手さんは道々、地元の酒・笹一の自慢と、このあたりから見る富士山が一番きれいであることを繰り返していたという。後者に関しては、静岡県で生まれ育ったKHさんとしては「異議あり」であろう。
 950出発、手入れを放棄されたらしいカラマツやヒノキの混じった林を登る。1005、道坂峠と今倉山東峰を結ぶ尾根に出た。南東に菰釣山など西丹沢の連なりが見える。登山道は、もう落葉した広葉樹林の中を、尾根通しにはっきりついている。
20181117-03 今倉山東峰
     南からの今倉山東峰
 ところが、後で本を読むと、数十年前までこの尾根は道志名物のひどい薮で通過困難だったという。俄かには信じがたい話だが、今は薮のかけらもないのはありがたい。大汗かいてばててはいけないので意識的にゆっくり登ったが、それでも予定より早く1045に山頂に着いてしまった。富士山はあいにく林に邪魔されている。
 1105出発、少し下って登り返すと西峰(1480m)。ここも林ですっきりした展望はないが、ちょっと西の道端に露岩があり、そこからは富士山、御正体山、鹿留山の三尊像と、西の三ッ峠山、南アルプス方面が見えた。ここから急下降し、幅広い尾根を登り返す。1138~1205、360度の大展望の赤岩(1450m)。まずは南の富士山三尊。御正体山の深い山襞がいかにも晩秋の山らしく立派ではないか。
20181117-10 御正体山、富士山、鹿留山
   御正体山、富士山、鹿留山
 三ッ峠山の奥には、笊ヶ岳から甲斐駒ヶ岳までの南アルプスが見える。意外に雪がない。
20181117-13 三ッ峠山、南アルプス
    三ッ峠山と南アルプス
 北西には、茅ヶ岳、笹子のお坊山、八ヶ岳が見える。実は茅ヶ岳の奥に北アルプスのどこかが見えていて、後でアップをよく見たら穂高連峰であった。
20181117-18 穂高連峰、茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
    茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
 もう少し北に行くと、金峰山~北奥仙丈ヶ岳の奥秩父核心部と、滝子山から雁ヶ腹摺山にかけての大菩薩連嶺。
20181117-25 金峰山、大菩薩連嶺
    金峰山、大菩薩連嶺
 ほぼ真北は、雁ヶ腹摺山東の楢ノ木尾根の奥に飛龍山、そして東に雲取山。手前は九鬼山であろう。
20181117-37 飛龍山、雲取山
     飛龍山、雲取山
 北東に目を転ずれば、奥多摩の御前山、大岳山が見えるが、御前山の左に霞んでいたのは日光の男体山であった!
20181117-24 御前山~大岳山、男体山
    御前山、大岳山(手前は大桑山、高畑倉山)
 山頂の山名表示盤には白根山は書いてあったが、男体山は抜けていた。筑波山も見えるようだが、この日は霞んで分からなかった。こうしてみると、この山からは深田百名山のうちかれこれ17ぐらいが望めることになる。白根山、男体山、筑波山、丹沢山、富士山、聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山、穂高岳、八ヶ岳、金峰山、大菩薩嶺、雲取山…なかなか凄いところだ。しかも南には箱根山と大涌谷の噴気も見えた。道志から箱根が見えるとは思わなんだ。
20181117-09 菰釣山、箱根山
     菰釣山の奥に箱根・明神ヶ岳と神山
 主稜線をだらだら下り、1242、林道に出る。行く手には二十六夜山がどんと聳えている。
20181117-32 二十六夜山
     二十六夜山
 もう登りはつらいなあと思ったが、さほどの手間もなく山頂に1256着。ここも南~西の展望が良い。江戸時代、旧暦一月と七月の二十六夜の月の出を拝むと月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れるという信仰があり、深夜の月の出まで寝ずにいる行事があった。主に江戸の高輪、品川あたりで盛んだったそうで、広重描く高輪の二十六夜月待は、女郎や酔漢がどんちゃん騒ぎ、イカ大王みたいな蛸の着ぐるみ男まで出て、まるでカーニヴァルか渋谷のハロウィーンである。わざわざこの山のてっぺんでそんな騒ぎをしたとすると、酔狂なことである。
広重

広重2
    広重『東都名所 高輪廿六夜待遊興之図』
 我ら清く正しい岳人はストイックに一路北へ下る。途中から矢名沢に降下、仙人水という湧水を汲んで、芭蕉月待ちの湯へと下った。予定より1時間早いペースで、風呂に入ることができた。そこでとりあえずビール、大月駅前の濱野屋でワインと日本酒…あれあれ、高輪月待と同じことになっちまったわい! でも、しみじみ良い一日であった。
20181117-g 仙人水
       仙人水

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盆栽火山群? 那須茶臼岳・南月山(20181009)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 528京王多摩センター発で新宿へ。そこから大宮に行き、706のやまびこに乗る。宇都宮あたりはどんより曇り、日光連山も雲で見えない。残念、これでは登山は無理かなと思っていたら、北に向かうにつれて明るくなり、那須は稜線が見えた。雲間からは西の青空も見える。よっしゃ! 754那須塩原着。805西口発の始発バスに乗る。乗り口で「二日間乗り放題切符」というのを売っている。ロープウェイ駅まで単純に往復するより安く、途中下車もできて便利らしい。2600円出して購入。バスは黒磯駅を経由してからゆるゆると那須高原を登ってゆく。920ロープウェイ駅。残念ながらガスっている。940の便で山頂駅へ。ガスが薄くなって陽光が指し、ガスの切れ間から茶臼岳の溶岩ドームが見えた。二度目の「よっしゃ!」
20181009-02 那須茶臼岳
    茶臼岳溶岩ドーム
 948出発、ざれた幅広い登山道を登ってゆくと、溶岩の上の道に変わった。しかし途中、明らかに溶岩ではない岩がある。火山礫と火山灰が層状に固まったもののようだ。ということは溶岩ドームの一部ではない。『フィールドガイド 日本の火山』によれば、茶臼岳の溶岩ドームは室町時代の1410年の噴火で形成されたもので、ドームの下には茶臼火砕丘という擂鉢型の火山がある。目前の岩は、この火砕丘を作る、約2600年前の降下火砕堆積物であった。
20181009-05 那須茶臼岳・火砕丘の降下火砕堆積物
    茶臼火砕丘の降下火砕堆積物
 1022、茶臼岳の最高点(1915m)着。祠がある。那須連山の最高峰は三本槍岳(1917m)だが、見た目で盟主と言えるのはこの茶臼岳だから、「百名山」としての那須登頂とみなしてもらおう。 
 北は雲の切れ間に三本槍岳と朝日岳が時折覗くが、他は雲の中。
20181009-12 那須茶臼岳より朝日岳
    朝日岳
 1036出発、火口(と言ってもここから噴火したのではなく、溶岩ドームができた後で地下の圧力が下がり、一部の溶岩が地下に戻ってしまって凹地になったのだそうだ)を時計回りに半周して峰ノ茶屋方面に下る。途中に細長い窪地があり、こちらは茶臼火砕丘の火口壁と溶岩ドームの隙間。面白いことに、漬物石ぐらいの岩が何列も畑の畝のように並んでいる。一瞬人間が作ったものかと思ったが、こんなものを作る意味が分からない。ひょっとすると、凍結の繰り返しによる微地形「条線土」ではなかろうか。そういえば、かの裸の大将・山下清画伯は、徳島県の奇景・土柱を初めて見て、「これは人間が作ったものじゃないよな。こんなものをわざわざ作るのは馬鹿らしいもんな。」とコメントしたという。まさにその通りだ。
20181009-21 那須茶臼岳、旧火砕丘、条線土?
    条線土?
 硫黄鉱山跡から茶臼岳の西山腹を巻いて、噴気口の下を通ってゆく。下の森はかなり色づいて、東北の山のような秋色を見せる。
20181009-25 那須茶臼岳西山腹
    茶臼岳西山腹の紅葉
 1126、牛ヶ首で稜線に出る。少しやせた箇所もある灌木の尾根を登って、1144、日の出平(1786m)。ナナカマド、ミネザクラ、カエデ類が目立つ。南に向かって、ややガスった中をだらだら下り、最後に一登りすると南月山(1776m)。県警の山岳救助隊の人たち20人ほどが訓練中で休憩していた。往路を引き返して日の出平1222。牛ヶ首近くからは茶臼岳と無間地獄の噴気がよく見える。
20181009-35 那須茶臼岳
    茶臼岳と無間地獄
 時間があるので西山腹のひょうたん池を往復することにする。姥ヶ平に急下降し、200mほどの長い木道で池の展望台へ。
20181009-48 那須・ひょうたん池、茶臼岳
    ひょうたん池と茶臼岳
 1327牛ヶ首に戻り、巻き道をロープウェイ駅へ。台湾からの観光客グループがいて、「日本Beautiful」と喜んでいた。1400のロープウェイで下山し、温泉には入らずに帰京。感覚としては山の規模が南アルプスの二割程度で、短時間で幾つものピークを回れる。いわば盆栽のような火山群だが、まあこんな山もあっていいのかも。次は三斗小屋温泉に泊まり、朝日岳、三本槍岳に登ろう!

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宮ヶ瀬湖北・権現平~南山(2019/2/17)
2019 / 02 / 22 ( Fri )

  江戸時代、枯野見と言う風習があった。『精選版日本国語大辞典』によれば、「冬の暖かい日に郊外の枯野を見に行くこと。江戸では、向島の長命寺から白髭あたりの冬景色を見ることをさした」とある。吉川英治の『松のや露八』には「『虫聴』だの『千鳥聴き』だの『枯野見』などという遊びは、遊びに飽いた江戸人だけが思いついてする遊びであった。」、岡本綺堂の『半七捕物帳 薄雲の碁盤』には「『枯野見なんて云うのは、今どき流行りませんね。雪見だって、だんだんに少なくなりましたよ』と、徳次は笑った。」とあるそうだ。江戸後期の十方庵敬順の紀行文集『遊歴雑記』には、枯野見に便利な携帯焜炉と茶道具が登場する。
 私の属する「怪奇倶楽部」と称する物好きの会(古今東西の良質の怪談・怪奇小説を愛読し、怪奇映画やドラマを鑑賞し、味わい深い土地を訪ねて地霊と交信する会)では、この由緒ある枯野見を現代に復活させ、ここ十数年続けてきた。十方庵敬順に倣ってガスコンロで茶を淹れ、枯野の中で一服しながら、十数キロ歩くのである。
 今回、初の試みとして標高500mを超える山に登ることにした。これまでは精々300m程度の丘のようなところばかりだったのである。選んだのは、相模原市の西郊外、宮ヶ瀬湖の北に連なる権現平~南山の尾根。さらに東に志田峠を越え、愛川町の三増まで歩いた。
 957橋本駅発のバスで小一時間揺られ、終点の鳥居原ふれあいの館に1045着。農林産物直売所なのだが、凍結防止なのかトイレは閉鎖されている。行楽客やライダーたちがたくさんいるのに、不親切なこと限りない。
 車道から尾根末端に取り付き、高度を上げてゆく。照葉樹も混じった雑木林と、杉・檜の植林で、風情のある林とは言いにくい。1125、高圧線の下に出る。北西に奥秩父~大菩薩連嶺が見えた。1145、569mの権現平着。名前の通り平らな山頂で、南東端に展望台が設けてある。丹沢の山々、以前登った高取山~仏果山、南山、宮ヶ瀬湖、南東の厚木方面の平野が見える。空気が澄んでいたら房総半島も見えるらしい。
権現平より宮ヶ瀬ダム、高取山、仏果山
      権現平より宮ヶ瀬湖、高取山
 山頂には木のテーブル・椅子やトイレもあるので、ゆっくり休憩できる。ここで昼食と、枯野見に欠かせないお茶。「どこでも抹茶」という商品があって、小袋に緑茶の粉末が入っており、お湯さえあれば抹茶が飲める。とても便利だが、よく考えると抹茶を好きなだけ持ってくれば済む話なのであった。
 1235に出発、だらだら東に尾根を辿ると544mの南山に着く。この山頂からは蛭ヶ岳や大山が格好良く見えた。三ノ塔の方は尾根が幾重にも重なって逆光が美しい。
南山より宮ヶ瀬湖、丹沢山地
     南山より丹沢山地
南山より三ノ塔
     三の塔
 南山からは「あいかわ公園」に向かってひたすら下ってゆく。丹沢名物の木の階段で、山慣れない同行者は相当こたえていた。あいかわ公園は宮ヶ瀬ダムのすぐ近くにあり、いかにもダム開発の副産物の地域振興策と言った感じだが、事業計画書を見ると果して「あいかわ公園は、宮ヶ瀬ダム建設に伴い喪失した中津川渓谷に替わり、ダムサイトゾーンの活性化を目指して整備され、宮ヶ瀬湖畔園地(愛甲郡清川村)、鳥居原園地(相模原市緑区:旧津久井町)とならぶ宮ヶ瀬湖周辺3拠点の一つとして、宮ヶ瀬湖周辺地域での多様なレクリエーション、観光、自然環境保全等の役割を担っています。」とあった。
 予定では中津川左岸の尾根に登り返してずっと南東に縦走するはずだったのだが、階段でくたびれ果てて「もう登りはイヤだ」との声が上がり、この尾根の北の峠道を越えることにした。あいかわ公園の北に服部農場というレジャー牧場があり、牛・馬・羊などを飼育して、乳製品やソーセージ、ドイツビールを売っていた。ソーセージとドイツビールには三人とも目がないので、思わずここで第一次打ち上げをしようかと思ったが、あまりの値段に冷や水を浴びせられた。ソーセージ3本とビール1本で2000円でっせ!無茶すぎるわ!
 人のほとんど見えない林道みたいな道を東に辿って志田峠を越える。馬頭観音の碑が4基並び、福助が正座していた。
     志田峠の馬頭観音碑
     志田峠の馬頭観音碑
 未舗装の悪路を歩いて志田の里に出たが、堆肥工場があってとんでもない悪臭がする。その先の中原地区は、地図で見ると大規模な養鶏場があるので、そこを避けてゆく。白梅が早春の里らしい。これぞ枯野見の喜びである。
20190217-11 中原の梅
 街道が通っていたらしい三増(静かな里なのに、養鶏場の臭いが…)からバスで本厚木へ。『精選版日本国語大辞典』の枯野見の説明には最後に、「吉原に遊ぶ口実ともなった。」と書いてあるが、清く正しい怪奇倶楽部会員はそんな悪所には引かれず、メンバーの同級生・村田元秀氏が経営する相模大野の飲み屋「げんちゃん」で、自慢の餃子や焼き鳥を堪能したのであった。
 後日、「次回は平らなところを頼みます」と釘を刺されてしまった。

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西丹沢・大野山 格好の展望台(2019/1/26)
2019 / 02 / 22 ( Fri )

 家族とその友人と、富士山の眺めを楽しむ軽いハイキングをすることにした。ヤマレコの地図で物色して白羽の矢を立てたのが、西丹沢の低山・大野山(723m)。御殿場線の谷峨駅から歩いて登れ、山頂が牧場になっていて、富士山、丹沢、箱根の眺めが良いという。
 多摩市の永山駅を800に出て、小田急で新松田へ、御殿場線に乗り換えて938に谷峨着。神奈川県内の癖に、御殿場線は何とICカードが使えず、登山客が切符販売機と窓口に列をなした。新松田から谷峨へはバスもあるみたいなので、そちらも選択肢かも。
 谷峨駅には、元気の良い、しかしやせた三毛にゃんがいて、盛んにごろごろ転がって遊んでいる。生憎餌を持参していなかった。ごめんね。
20190126-06 谷峨駅にゃん
 駅から、めざす大野山の牧場の頂が間近に見える。
20190126-08 谷峨より大野山
 吊橋で酒匂川を渡り、ジグザグの古い車道を登って嵐の集落へ。そこから山裾を巻く感じで、山道を都夫良野(つぶらの)の「頼朝桜」まで登る。途中の高圧線の下から富士山が見えた。朝は快晴だったのに、南東山腹に雲が湧いて山頂を少し隠している。
頼朝桜というのは、「頼朝がここに手植えした」とかいう特定の桜の木のことではなく、河津桜の別称らしい。あたりはログハウスなどあって公園になっている。そこからまた山道に入って尾根を一登りすると、林道に出会う。その先が地図にもジグザグの出ている本格的な登り。丹沢名物の階段が整備されているが、階段にリズムを合わせにくい。トレーニングでテント、寝袋など背負ってきたので、暑い。南西に、谷峨の地名の元かもしれない「谷ケ」という集落のあるなだらかな斜面が見える。茶畑になっているらしく、雲南・四川あたりから東南アジアにかけてのどこかの桃源郷のように見えた。奥には越前岳。
20190126-11 大野山より谷ケの畑地
 20分ほどで急登は終わり、山頂の一角の緩斜面に出た。「なあんだ、もうあと5分ぐらいで着くな」と思ったらそれが大間違い。この緩斜面が結構広く、真の山頂までは15分ばかり歩かされた。とはいえ、富士山がきれいに山頂まで見せ、南には箱根の山々、小田原のある足柄平野、さらに江の島や房総半島、伊豆大島まで見えて、展望を満喫できる。
20190126-15 大野山より富士山

20190126-17 大野山より相模湾
  さらに山頂近くになると、北に丹沢の主要な峰々が群像となって姿を現した。まずは道志西部の御正体山と丹沢西端の菰釣山。
20190126-21 大野山より御正体山、菰釣山、権現山
 その右に、畦ヶ丸山、加入道山、大室山が並ぶ。大室山は都内から見ても大きいが、この角度からも重量感たっぷりで風格がある。さらに東に、檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山と、丹沢の核心部の峰々が続く。都内や山麓からは見られない展望だ。同角ノ頭が鋭く尖っているので、近くにいた別パーティーのおじさんが仲間にしたり顔に、「檜洞丸は右の方!」と教えていた。どう見ても左の方が高いでしょうよ!
20190126-22 大野山より畦ヶ丸山、加入道山、大室山
     畦ヶ丸山、加入道山、大室山
20190126-37 大野山より檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山
     檜洞丸、同角ノ頭、蛭ヶ岳、丹沢山
20190126-37 大野山より檜洞丸、同角ノ頭
       檜洞丸(中央)、同角ノ頭(右)!!
 北には、三保ダムと丹沢湖も見下ろせる。
20190126-32 大野山より丹沢湖
 1145-1220、山頂で昼食休憩。平らな芝生で、東屋、ベンチ、トイレまであって、交流ハイク向きかと思われるが、冬期はトイレの水は止まっている。
 帰りは南東に山北駅まで下る。しばらく牧場を東に辿るが、進行方向に鍋割山が見えた。
20190126-39 大野山より鍋割山
      鍋割山
20190126-36 大野山より箱根・明神岳、神山、金時山     
      箱根・明神岳、神山、金時山
 大野山は火山ではないのに、道の脇には黄土色の軽石っぽい土が露出していた。ひょっとしたら富士山の噴出物、それも1707年の宝永噴火のものではなかろうか?
20190126-42 大野山、富士山のテフラ?
 畜舎に向かう車道から右に分かれて、登山道を下る。しばらく階段で急降下し、その後はトラバース気味に植林地を下ってゆく。1325、地蔵尊のある所に着いた。このあたりの岩は、丸い礫を含んだ礫岩で、礫の中にはたぶん丹沢山地由来と思われる花崗岩質のものもあった。
20190126-45 大野山中腹、前期更新世の礫岩中の深成岩礫
 この礫岩は258~40万年前に海でできたものだそうで、ということは最長でも250万年の間に、海底から標高500mほどにまで隆起してきたことになる。大陸プレートとフィリピン海プレートの境界が、ちょうど大野山の南山腹にあるそうだから、地殻変動が激しいのもうなずける。1923年の関東地震の震源が丹沢西部という説もあるし…。
 1340に古宿集落に下山、廃校を転用した共和のもりセンターというところでコーヒー一服、後は馬頭観音、道祖神などの石碑を見ながら、山北駅に1450に着いた。


20190126-51 馬頭観音像

20190126-58 道祖神



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南薩摩山めぐり~その1
2019 / 02 / 18 ( Mon )
2/1~5の5日間、知覧観光と開聞岳をメインに、南薩摩を満喫してきた。
静岡出身の私としては、鹿児島空港の脇に広がる茶畑を見たときから、親近感でいっぱいに。
旅先で出されるお茶は「まずい」ことがほとんどだが、知覧、坊津(秋目)はおいしいお茶をいただいた。
私にとって、お茶がおいしいって、すごく大事なポイントなのだ。
鹿児島、とても素敵なところだった。

さて、今回登った山は、金峰山、開聞岳、野間岳、磯間嶽。
観光は、知覧の他、南さつま海道八景めぐり、指宿砂蒸し、開聞岳の眺望めぐり。
忘れられない出会いは、笠沙美術館の管理番をしていた、元遠洋漁業漁師さんと黒瀬杜氏さん。

じっくりと南薩摩を味わいつくす旅ができ、この上なく満ち足りた気持ちで帰ってきた。

1日目。鹿児島空港でレンタカーを借りて、金峰山(きんぽうざん)へ。
40周年の折、奥秩父にある金峰山の信仰の道=御嶽道についていろいろ調べたことが思い出される。
不思議な縁だ。
こちらは「きんぽうざん」と呼ぶが、由来は同じ。蔵王権現を祀る、修験の山である。

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金峰山神社から、中岳、東岳、北岳とめぐる手ごろなコースを歩いてみた。
全部回っても、駐車場から小一時間なので、貴重品とカメラだけを持って出発。

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神社の脇から、照葉樹林の中の道を登っていく。
山頂近くまで来ているので、なだらかで登山道と言うより、散策路という感じ。

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山頂近くの展望所からは、開聞岳が見える。
(ツル?のくちばしの先あたり)

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金峰山山頂標識。
この日は風が強く、セルフで撮るのも大変だった。
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このあと、一旦駐車場に戻って、北岳へ向かう。
野間岬、野間岳が見えたのだけれど、風の強さに長居できず。

下山後は一路知覧へ。
50歳という年齢で訪れる知覧は、若者を特攻作戦に送り出した大人の側の責任を考えさせられた。
この日は、特攻の母と呼ばれる、鳥濱トメさんが営んでいた富屋旅館に泊まる。
さて、この旅館の看板。
これは、実際にはあり得なかった構図なのだが、そこにトメさんの思いが込められているという。
この写真に込められた思い、みなさんはどう感じるだろうか?

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2日目。開聞岳登山。
知覧から開聞岳へ向かう道は、高台に広がる茶畑の中を走っていて、まるで牧ノ原台地(静岡)のよう。
茶畑越の開聞岳を眺めながら、麓にある登山口へ向かった。

登山者用駐車場のある開聞岳キャンプ場から見上げた開聞岳。
葉を落とした樹々が点在する芝生の広場に、さんさんと陽が射して、冬とは思えない穏やかさ。

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標識を頼りに歩いて行くと、2合目登山口。
開聞駅近くに1合目があるので、車で来ると、2合目からのスタートになる。

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ここから山頂まで、ほぼ均等に合目標識がある。
日帰り装備で歩くと、だいたい20分で1合くらいのペースだった。
4合目あたりまでは、照葉樹林の中を、火山らしいザレた道が続く。
5合目に展望所が設けられている。樹林の合間から、東側の展望がのぞく。
7.1合目は、眼下に東シナ海がドーンと広がり、解放感あふれる展望場所。

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が、写真にすると海しか写らないので、展望写真はなし(笑)。

登山道が西側斜面を回りこむようになると山頂も近づく。
これはその辺りで広がる西側の展望。
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7~9合目は、2ヶ所ほどはしごがかけられ、岩がごろごろしたところを登っていく。
足元には霜柱も残っていて、900mを超える標高を感じさせる。

ちょうど麓の街で正午を知らせる音楽が鳴り響く頃、山頂到着。
それなりに登山者もいて、賑やか。
岩の上でひなたぼっこしながら、行動食をつまむ。
いい眺めだ。

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のんびりしていたい気持ちもあるが、まだまだ見てみたい景色が待っているので、
早々に山頂を後にする。
下山は1合15分くらいのペースだった。
午後2時をまわる頃、まだ2~3合目ですれ違う登山者もいて、意外だった。
夕景でもみるのだろうか?

このあと、海沿いの展望所、火の神公園、大野山展望所などに立ち寄り、
いろいろな開聞岳の姿を楽しみながら、今日の宿、秋目の民宿へ向かった。
ここは、鑑真和上が上陸した地とされ、鑑真記念館がある。
民宿でお風呂の支度が整うまで、のんびりと夕景を楽しんだ。

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夕食は、秋目でその日にとれたクロダイや、モンゴウイカなど、魚づくしの料理をいただく。
明日は、昼頃から雨予報。
野間岳は、野間神社からのピストンに変更。

(その2へつづく)


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道志・今倉山、二十六夜山~大展望と晩秋の色~(20181117)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 849に都留市駅で電車を降りると、あれっ、一人足りない?? 何某さんが京王線車内で眠ってしまい、高尾山口まで乗り過ごしてしまったという。仕方ないので、タクシーで追いかけてもらうことにして、915発のバスに乗る。ところが! 富士急の次の電車がつくのは917なのだ! しかも、運転手さんは915にバスを転がしてくると、「ちょっとトイレ」と言って消えてしまった。おお、トイレが長引いてくれれば、917に着く何某さんも駆け込めるのではないか? 一同、「もっとゆっくりトイレして」「ついでに大きいのも…」と必死で祈ったが、運転手さんの膀胱には通じなかったようで、バスは無情にも出発した…。それにしても、917に電車が着くのに915発にするとは意地悪だ。おまけに最新のホームページには「910発」と掲載されている(↓)。どうなっておるのか!
バスダイヤ
 バスは町を抜けて東の山中に入ってゆく。御正体山の登山口(細野)というのも過ぎた。紅葉の美しいヘアピンカーブを上り、945、道坂隧道着。おや、何某さんが先に着いている! バスが回り道しているのを尻目に、ショートカットで上ってきたのだった。タクシーの運転手さんは道々、地元の酒・笹一の自慢と、このあたりから見る富士山が一番きれいであることを繰り返していたという。後者に関しては、静岡県で生まれ育ったKHさんとしては「異議あり」であろう。
 950出発、手入れを放棄されたらしいカラマツやヒノキの混じった林を登る。1005、道坂峠と今倉山東峰を結ぶ尾根に出た。南東に菰釣山など西丹沢の連なりが見える。登山道は、もう落葉した広葉樹林の中を、尾根通しにはっきりついている。
20181117-03 今倉山東峰
     南からの今倉山東峰
 ところが、後で本を読むと、数十年前までこの尾根は道志名物のひどい薮で通過困難だったという。俄かには信じがたい話だが、今は薮のかけらもないのはありがたい。大汗かいてばててはいけないので意識的にゆっくり登ったが、それでも予定より早く1045に山頂に着いてしまった。富士山はあいにく林に邪魔されている。
 1105出発、少し下って登り返すと西峰(1480m)。ここも林ですっきりした展望はないが、ちょっと西の道端に露岩があり、そこからは富士山、御正体山、鹿留山の三尊像と、西の三ッ峠山、南アルプス方面が見えた。ここから急下降し、幅広い尾根を登り返す。1138~1205、360度の大展望の赤岩(1450m)。まずは南の富士山三尊。御正体山の深い山襞がいかにも晩秋の山らしく立派ではないか。
20181117-10 御正体山、富士山、鹿留山
   御正体山、富士山、鹿留山
 三ッ峠山の奥には、笊ヶ岳から甲斐駒ヶ岳までの南アルプスが見える。意外に雪がない。
20181117-13 三ッ峠山、南アルプス
    三ッ峠山と南アルプス
 北西には、茅ヶ岳、笹子のお坊山、八ヶ岳が見える。実は茅ヶ岳の奥に北アルプスのどこかが見えていて、後でアップをよく見たら穂高連峰であった。
20181117-18 穂高連峰、茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
    茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
 もう少し北に行くと、金峰山~北奥仙丈ヶ岳の奥秩父核心部と、滝子山から雁ヶ腹摺山にかけての大菩薩連嶺。
20181117-25 金峰山、大菩薩連嶺
    金峰山、大菩薩連嶺
 ほぼ真北は、雁ヶ腹摺山東の楢ノ木尾根の奥に飛龍山、そして東に雲取山。手前は九鬼山であろう。
20181117-37 飛龍山、雲取山
     飛龍山、雲取山
 北東に目を転ずれば、奥多摩の御前山、大岳山が見えるが、御前山の左に霞んでいたのは日光の男体山であった!
20181117-24 御前山~大岳山、男体山
    御前山、大岳山(手前は大桑山、高畑倉山)
 山頂の山名表示盤には白根山は書いてあったが、男体山は抜けていた。筑波山も見えるようだが、この日は霞んで分からなかった。こうしてみると、この山からは深田百名山のうちかれこれ17ぐらいが望めることになる。白根山、男体山、筑波山、丹沢山、富士山、聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山、穂高岳、八ヶ岳、金峰山、大菩薩嶺、雲取山…なかなか凄いところだ。しかも南には箱根山と大涌谷の噴気も見えた。道志から箱根が見えるとは思わなんだ。
20181117-09 菰釣山、箱根山
     菰釣山の奥に箱根・明神ヶ岳と神山
 主稜線をだらだら下り、1242、林道に出る。行く手には二十六夜山がどんと聳えている。
20181117-32 二十六夜山
     二十六夜山
 もう登りはつらいなあと思ったが、さほどの手間もなく山頂に1256着。ここも南~西の展望が良い。江戸時代、旧暦一月と七月の二十六夜の月の出を拝むと月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れるという信仰があり、深夜の月の出まで寝ずにいる行事があった。主に江戸の高輪、品川あたりで盛んだったそうで、広重描く高輪の二十六夜月待は、女郎や酔漢がどんちゃん騒ぎ、イカ大王みたいな蛸の着ぐるみ男まで出て、まるでカーニヴァルか渋谷のハロウィーンである。わざわざこの山のてっぺんでそんな騒ぎをしたとすると、酔狂なことである。
広重

広重2
    広重『東都名所 高輪廿六夜待遊興之図』
 我ら清く正しい岳人はストイックに一路北へ下る。途中から矢名沢に降下、仙人水という湧水を汲んで、芭蕉月待ちの湯へと下った。予定より1時間早いペースで、風呂に入ることができた。そこでとりあえずビール、大月駅前の濱野屋でワインと日本酒…あれあれ、高輪月待と同じことになっちまったわい! でも、しみじみ良い一日であった。
20181117-g 仙人水
       仙人水

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盆栽火山群? 那須茶臼岳・南月山(20181009)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 528京王多摩センター発で新宿へ。そこから大宮に行き、706のやまびこに乗る。宇都宮あたりはどんより曇り、日光連山も雲で見えない。残念、これでは登山は無理かなと思っていたら、北に向かうにつれて明るくなり、那須は稜線が見えた。雲間からは西の青空も見える。よっしゃ! 754那須塩原着。805西口発の始発バスに乗る。乗り口で「二日間乗り放題切符」というのを売っている。ロープウェイ駅まで単純に往復するより安く、途中下車もできて便利らしい。2600円出して購入。バスは黒磯駅を経由してからゆるゆると那須高原を登ってゆく。920ロープウェイ駅。残念ながらガスっている。940の便で山頂駅へ。ガスが薄くなって陽光が指し、ガスの切れ間から茶臼岳の溶岩ドームが見えた。二度目の「よっしゃ!」
20181009-02 那須茶臼岳
    茶臼岳溶岩ドーム
 948出発、ざれた幅広い登山道を登ってゆくと、溶岩の上の道に変わった。しかし途中、明らかに溶岩ではない岩がある。火山礫と火山灰が層状に固まったもののようだ。ということは溶岩ドームの一部ではない。『フィールドガイド 日本の火山』によれば、茶臼岳の溶岩ドームは室町時代の1410年の噴火で形成されたもので、ドームの下には茶臼火砕丘という擂鉢型の火山がある。目前の岩は、この火砕丘を作る、約2600年前の降下火砕堆積物であった。
20181009-05 那須茶臼岳・火砕丘の降下火砕堆積物
    茶臼火砕丘の降下火砕堆積物
 1022、茶臼岳の最高点(1915m)着。祠がある。那須連山の最高峰は三本槍岳(1917m)だが、見た目で盟主と言えるのはこの茶臼岳だから、「百名山」としての那須登頂とみなしてもらおう。 
 北は雲の切れ間に三本槍岳と朝日岳が時折覗くが、他は雲の中。
20181009-12 那須茶臼岳より朝日岳
    朝日岳
 1036出発、火口(と言ってもここから噴火したのではなく、溶岩ドームができた後で地下の圧力が下がり、一部の溶岩が地下に戻ってしまって凹地になったのだそうだ)を時計回りに半周して峰ノ茶屋方面に下る。途中に細長い窪地があり、こちらは茶臼火砕丘の火口壁と溶岩ドームの隙間。面白いことに、漬物石ぐらいの岩が何列も畑の畝のように並んでいる。一瞬人間が作ったものかと思ったが、こんなものを作る意味が分からない。ひょっとすると、凍結の繰り返しによる微地形「条線土」ではなかろうか。そういえば、かの裸の大将・山下清画伯は、徳島県の奇景・土柱を初めて見て、「これは人間が作ったものじゃないよな。こんなものをわざわざ作るのは馬鹿らしいもんな。」とコメントしたという。まさにその通りだ。
20181009-21 那須茶臼岳、旧火砕丘、条線土?
    条線土?
 硫黄鉱山跡から茶臼岳の西山腹を巻いて、噴気口の下を通ってゆく。下の森はかなり色づいて、東北の山のような秋色を見せる。
20181009-25 那須茶臼岳西山腹
    茶臼岳西山腹の紅葉
 1126、牛ヶ首で稜線に出る。少しやせた箇所もある灌木の尾根を登って、1144、日の出平(1786m)。ナナカマド、ミネザクラ、カエデ類が目立つ。南に向かって、ややガスった中をだらだら下り、最後に一登りすると南月山(1776m)。県警の山岳救助隊の人たち20人ほどが訓練中で休憩していた。往路を引き返して日の出平1222。牛ヶ首近くからは茶臼岳と無間地獄の噴気がよく見える。
20181009-35 那須茶臼岳
    茶臼岳と無間地獄
 時間があるので西山腹のひょうたん池を往復することにする。姥ヶ平に急下降し、200mほどの長い木道で池の展望台へ。
20181009-48 那須・ひょうたん池、茶臼岳
    ひょうたん池と茶臼岳
 1327牛ヶ首に戻り、巻き道をロープウェイ駅へ。台湾からの観光客グループがいて、「日本Beautiful」と喜んでいた。1400のロープウェイで下山し、温泉には入らずに帰京。感覚としては山の規模が南アルプスの二割程度で、短時間で幾つものピークを回れる。いわば盆栽のような火山群だが、まあこんな山もあっていいのかも。次は三斗小屋温泉に泊まり、朝日岳、三本槍岳に登ろう!

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