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道志・今倉山、二十六夜山~大展望と晩秋の色~(20181117)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 849に都留市駅で電車を降りると、あれっ、一人足りない?? 何某さんが京王線車内で眠ってしまい、高尾山口まで乗り過ごしてしまったという。仕方ないので、タクシーで追いかけてもらうことにして、915発のバスに乗る。ところが! 富士急の次の電車がつくのは917なのだ! しかも、運転手さんは915にバスを転がしてくると、「ちょっとトイレ」と言って消えてしまった。おお、トイレが長引いてくれれば、917に着く何某さんも駆け込めるのではないか? 一同、「もっとゆっくりトイレして」「ついでに大きいのも…」と必死で祈ったが、運転手さんの膀胱には通じなかったようで、バスは無情にも出発した…。それにしても、917に電車が着くのに915発にするとは意地悪だ。おまけに最新のホームページには「910発」と掲載されている(↓)。どうなっておるのか!
バスダイヤ
 バスは町を抜けて東の山中に入ってゆく。御正体山の登山口(細野)というのも過ぎた。紅葉の美しいヘアピンカーブを上り、945、道坂隧道着。おや、何某さんが先に着いている! バスが回り道しているのを尻目に、ショートカットで上ってきたのだった。タクシーの運転手さんは道々、地元の酒・笹一の自慢と、このあたりから見る富士山が一番きれいであることを繰り返していたという。後者に関しては、静岡県で生まれ育ったKHさんとしては「異議あり」であろう。
 950出発、手入れを放棄されたらしいカラマツやヒノキの混じった林を登る。1005、道坂峠と今倉山東峰を結ぶ尾根に出た。南東に菰釣山など西丹沢の連なりが見える。登山道は、もう落葉した広葉樹林の中を、尾根通しにはっきりついている。
20181117-03 今倉山東峰
     南からの今倉山東峰
 ところが、後で本を読むと、数十年前までこの尾根は道志名物のひどい薮で通過困難だったという。俄かには信じがたい話だが、今は薮のかけらもないのはありがたい。大汗かいてばててはいけないので意識的にゆっくり登ったが、それでも予定より早く1045に山頂に着いてしまった。富士山はあいにく林に邪魔されている。
 1105出発、少し下って登り返すと西峰(1480m)。ここも林ですっきりした展望はないが、ちょっと西の道端に露岩があり、そこからは富士山、御正体山、鹿留山の三尊像と、西の三ッ峠山、南アルプス方面が見えた。ここから急下降し、幅広い尾根を登り返す。1138~1205、360度の大展望の赤岩(1450m)。まずは南の富士山三尊。御正体山の深い山襞がいかにも晩秋の山らしく立派ではないか。
20181117-10 御正体山、富士山、鹿留山
   御正体山、富士山、鹿留山
 三ッ峠山の奥には、笊ヶ岳から甲斐駒ヶ岳までの南アルプスが見える。意外に雪がない。
20181117-13 三ッ峠山、南アルプス
    三ッ峠山と南アルプス
 北西には、茅ヶ岳、笹子のお坊山、八ヶ岳が見える。実は茅ヶ岳の奥に北アルプスのどこかが見えていて、後でアップをよく見たら穂高連峰であった。
20181117-18 穂高連峰、茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
    茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
 もう少し北に行くと、金峰山~北奥仙丈ヶ岳の奥秩父核心部と、滝子山から雁ヶ腹摺山にかけての大菩薩連嶺。
20181117-25 金峰山、大菩薩連嶺
    金峰山、大菩薩連嶺
 ほぼ真北は、雁ヶ腹摺山東の楢ノ木尾根の奥に飛龍山、そして東に雲取山。手前は九鬼山であろう。
20181117-37 飛龍山、雲取山
     飛龍山、雲取山
 北東に目を転ずれば、奥多摩の御前山、大岳山が見えるが、御前山の左に霞んでいたのは日光の男体山であった!
20181117-24 御前山~大岳山、男体山
    御前山、大岳山(手前は大桑山、高畑倉山)
 山頂の山名表示盤には白根山は書いてあったが、男体山は抜けていた。筑波山も見えるようだが、この日は霞んで分からなかった。こうしてみると、この山からは深田百名山のうちかれこれ17ぐらいが望めることになる。白根山、男体山、筑波山、丹沢山、富士山、聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山、穂高岳、八ヶ岳、金峰山、大菩薩嶺、雲取山…なかなか凄いところだ。しかも南には箱根山と大涌谷の噴気も見えた。道志から箱根が見えるとは思わなんだ。
20181117-09 菰釣山、箱根山
     菰釣山の奥に箱根・明神ヶ岳と神山
 主稜線をだらだら下り、1242、林道に出る。行く手には二十六夜山がどんと聳えている。
20181117-32 二十六夜山
     二十六夜山
 もう登りはつらいなあと思ったが、さほどの手間もなく山頂に1256着。ここも南~西の展望が良い。江戸時代、旧暦一月と七月の二十六夜の月の出を拝むと月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れるという信仰があり、深夜の月の出まで寝ずにいる行事があった。主に江戸の高輪、品川あたりで盛んだったそうで、広重描く高輪の二十六夜月待は、女郎や酔漢がどんちゃん騒ぎ、イカ大王みたいな蛸の着ぐるみ男まで出て、まるでカーニヴァルか渋谷のハロウィーンである。わざわざこの山のてっぺんでそんな騒ぎをしたとすると、酔狂なことである。
広重

広重2
    広重『東都名所 高輪廿六夜待遊興之図』
 我ら清く正しい岳人はストイックに一路北へ下る。途中から矢名沢に降下、仙人水という湧水を汲んで、芭蕉月待ちの湯へと下った。予定より1時間早いペースで、風呂に入ることができた。そこでとりあえずビール、大月駅前の濱野屋でワインと日本酒…あれあれ、高輪月待と同じことになっちまったわい! でも、しみじみ良い一日であった。
20181117-g 仙人水
       仙人水

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盆栽火山群? 那須茶臼岳・南月山(20181009)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 528京王多摩センター発で新宿へ。そこから大宮に行き、706のやまびこに乗る。宇都宮あたりはどんより曇り、日光連山も雲で見えない。残念、これでは登山は無理かなと思っていたら、北に向かうにつれて明るくなり、那須は稜線が見えた。雲間からは西の青空も見える。よっしゃ! 754那須塩原着。805西口発の始発バスに乗る。乗り口で「二日間乗り放題切符」というのを売っている。ロープウェイ駅まで単純に往復するより安く、途中下車もできて便利らしい。2600円出して購入。バスは黒磯駅を経由してからゆるゆると那須高原を登ってゆく。920ロープウェイ駅。残念ながらガスっている。940の便で山頂駅へ。ガスが薄くなって陽光が指し、ガスの切れ間から茶臼岳の溶岩ドームが見えた。二度目の「よっしゃ!」
20181009-02 那須茶臼岳
    茶臼岳溶岩ドーム
 948出発、ざれた幅広い登山道を登ってゆくと、溶岩の上の道に変わった。しかし途中、明らかに溶岩ではない岩がある。火山礫と火山灰が層状に固まったもののようだ。ということは溶岩ドームの一部ではない。『フィールドガイド 日本の火山』によれば、茶臼岳の溶岩ドームは室町時代の1410年の噴火で形成されたもので、ドームの下には茶臼火砕丘という擂鉢型の火山がある。目前の岩は、この火砕丘を作る、約2600年前の降下火砕堆積物であった。
20181009-05 那須茶臼岳・火砕丘の降下火砕堆積物
    茶臼火砕丘の降下火砕堆積物
 1022、茶臼岳の最高点(1915m)着。祠がある。那須連山の最高峰は三本槍岳(1917m)だが、見た目で盟主と言えるのはこの茶臼岳だから、「百名山」としての那須登頂とみなしてもらおう。 
 北は雲の切れ間に三本槍岳と朝日岳が時折覗くが、他は雲の中。
20181009-12 那須茶臼岳より朝日岳
    朝日岳
 1036出発、火口(と言ってもここから噴火したのではなく、溶岩ドームができた後で地下の圧力が下がり、一部の溶岩が地下に戻ってしまって凹地になったのだそうだ)を時計回りに半周して峰ノ茶屋方面に下る。途中に細長い窪地があり、こちらは茶臼火砕丘の火口壁と溶岩ドームの隙間。面白いことに、漬物石ぐらいの岩が何列も畑の畝のように並んでいる。一瞬人間が作ったものかと思ったが、こんなものを作る意味が分からない。ひょっとすると、凍結の繰り返しによる微地形「条線土」ではなかろうか。そういえば、かの裸の大将・山下清画伯は、徳島県の奇景・土柱を初めて見て、「これは人間が作ったものじゃないよな。こんなものをわざわざ作るのは馬鹿らしいもんな。」とコメントしたという。まさにその通りだ。
20181009-21 那須茶臼岳、旧火砕丘、条線土?
    条線土?
 硫黄鉱山跡から茶臼岳の西山腹を巻いて、噴気口の下を通ってゆく。下の森はかなり色づいて、東北の山のような秋色を見せる。
20181009-25 那須茶臼岳西山腹
    茶臼岳西山腹の紅葉
 1126、牛ヶ首で稜線に出る。少しやせた箇所もある灌木の尾根を登って、1144、日の出平(1786m)。ナナカマド、ミネザクラ、カエデ類が目立つ。南に向かって、ややガスった中をだらだら下り、最後に一登りすると南月山(1776m)。県警の山岳救助隊の人たち20人ほどが訓練中で休憩していた。往路を引き返して日の出平1222。牛ヶ首近くからは茶臼岳と無間地獄の噴気がよく見える。
20181009-35 那須茶臼岳
    茶臼岳と無間地獄
 時間があるので西山腹のひょうたん池を往復することにする。姥ヶ平に急下降し、200mほどの長い木道で池の展望台へ。
20181009-48 那須・ひょうたん池、茶臼岳
    ひょうたん池と茶臼岳
 1327牛ヶ首に戻り、巻き道をロープウェイ駅へ。台湾からの観光客グループがいて、「日本Beautiful」と喜んでいた。1400のロープウェイで下山し、温泉には入らずに帰京。感覚としては山の規模が南アルプスの二割程度で、短時間で幾つものピークを回れる。いわば盆栽のような火山群だが、まあこんな山もあっていいのかも。次は三斗小屋温泉に泊まり、朝日岳、三本槍岳に登ろう!

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気恥ずかしい北アルプス・唐松岳(7/13-15)
2018 / 07 / 20 ( Fri )

 実はこの記事を書くの、とても恥ずかしいのである。だってですよ、仮にも45年山歩きをしてきて、今さら「八方尾根から唐松岳往復」なんて、とても人様に言えないじゃないですか! 山ガール(数年前そんな言葉がありましたっけねえ)の北アルプス・デビューとか、ヤマケイの「特集・北アルプス入門」じゃあるまいし…。まるで「初めて京都に旅行して、清水寺と金閣寺と祇園を見て、生八つ橋食べて、舞妓さんと写真も撮りました!」とはしゃいでるみたい。
 でも、やっぱり行って良かったから、写真でご紹介つかまつりませう。
 初日(7/13)は、朝東京を出発して白馬駅下車、バスで昼に八方バスターミナル。炎天下を20分近く歩いてゴンドラ・アダムの乗り場へ。まずは兎平に上がる。そこからクアッドとかいう乗り物で黒菱平へ。目の前に鎌池があり、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、ワタスゲなどが咲いている。ここからは折角なのでクアッドを使わず歩いて八方池山荘に登ることにする。オニシモツケ、シモツケソウ、クガイソウ、ハクサンタイゲキ、イワシモツケ、ムシトリスミレ(食虫植物)、ウラジロヨウラク、イワキンバイ、ヤマブキショウマ、タテヤマウヅグサ、シロバナクモマニガナ、テガタチドリ、オニアザミ、ハッポウウスユキソウ、エゾシオガマ、ヨツバシオガマ、クルマユリ、キバナノカワラマツバ、ミヤマシシウド、タカネナデシコなど、期待通りの多種多様な花々に出会えた。
01 八方尾根・鎌池、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ(長野県白馬村)
    鎌池
02 八方尾根・タテヤマウツボグサ
    タテヤマウツボグサ
 山荘は翌日は予約で満員とのことだったが、平日だったので一部屋に4人だけというゆったりした環境。屋内のトイレは何と温水洗浄で、夕食はバイキング形式でおかずも多彩だった。残雪の頃泊まって山々を眺めると気持ち良さそうだ。夕方になると、北東に雨飾山、焼山、火打山、妙高山、乙妻山、高妻山、戸隠山、飯綱山などの信越の山々が見えてきた。さらに、白馬三山を隠していた雲も消えてゆき、稜線が姿を見せてくれた。
03 八方尾根より白馬三山
     日暮れの白馬三山
 翌日(7/14)400起床してびっくり。どんよりと雲が垂れ込めている! そんなはずではなかったのにと焦っていると、雲の切れ目から覗く空が明るい。これはいずれ消える雲だろうと思ううちに、どんどん視界が広がってきた。500朝食、537出発。もう白馬岳が見え、一登りすると鹿島槍ヶ岳、五龍岳も見えてきた。これがまた山岳写真でお馴染みの風景で、改めて気恥ずかしくなってしまう。映画やテレビで見慣れたスターが目の前に立っているような気分だ。
04八方尾根より鹿島槍ヶ岳、五龍岳
     鹿島槍ヶ岳と五龍岳
 道にはイブキジャコウソウ、ハクサンシャジン、ミヤマママコナ、オオバギボウシ、ミヤマアズマギク、ウメハタザオらしいもの、イブキボウフウ、クモマミミナグサ、ミヤマムラサキ。少し湿った所にはユキワリソウ。
 635、2035mの八方ケルン。710~720、八方池。
05八方池より白馬三山
     八方池と白馬三山
 すっかり晴れて背中から照らされるので暑くてかないません。この先で道はダケカンバの林に入る。おやっ? 何か変でしょ? だって、普通はダケカンバ林の上に高山のお花畑が広がるものでは? そう、ここでは低い方が草原で、その上に林が現れるのだ。なぜだろうかと考えて、一つの仮説は地質の違い。今までは植物にとって有害な物質を含む蛇紋岩地帯で、岩がちだった。しかしダケカンバ林の地面は、蛇紋岩ではない黒っぽい砂利と土でできている。これなら林が成立するだろう。
06 八方尾根・ダケカンバ林と黒い砂礫
     ダケカンバ林
 その先で雪渓が現れ、傍らにはオオサクラソウやシラネアオイ、エンレイソウ、サンカヨウが咲いていた。おおむね亜高山帯の森林の花だ。
06a 八方尾根・オオサクラソウ
     オオサクラソウ
 2か所ほど雪渓を登るが、もうぐずぐずで、アイゼンは不要だった。825丸山ケルン。だんだん正面の不帰嶮が立派に見えてくる。
07 八方尾根より不帰嶮
     不帰嶮
 尾根の南を巻く道は、雪渓のコンディションのせいかまだ閉ざされていて、道は尾根通しに行く。上の方は左右が切れ落ちたヤセ尾根になっていたが、そこは「入門コース」だけあって、金属パイプや木でしっかり手すりが作ってあった。意外にあっけなく920、主稜線に出る。2600mなので少し酸素が薄い気がする。唐松沢源頭の、クレバスの入った雪渓を見下ろしつつ、唐松岳まで最後の一登り。948、山頂に着いた。
08 八方尾根より唐松岳、不帰嶮
     唐松岳と不帰嶮
 さすが後立山の主稜線上のピークだけあって、展望は素晴らしい。北は白馬三山と手前に不帰嶮。西は黒部川を挟んで北から、毛勝三山、剱岳、立山、薬師岳、赤牛岳、水晶岳、鷲羽岳。南奥に槍ヶ岳、奥穂高岳、前穂高岳。その手前に蓮華岳、針ノ木岳、西尾根が怪異なスバリ岳、そして五龍岳。残念ながら鹿島槍は見えない。今年は雪が少なかったはずなのに、まだ7月半ばだからか残雪がたっぷりあって、スイスの山々を見ているようだ。殊に水晶岳東面のカールの雪が美しく、いつの日にかあの頂に立ちたいと強く思わせた。
08b 唐松岳より毛勝三山
     毛勝三山
09a 八方尾根より剱岳
     剱岳
09b 八方尾根より立山
     立山
09c 唐松岳より薬師岳
     薬師岳
09d 唐松岳より針ノ木岳、鷲羽岳、スバリ岳、水晶岳
     針ノ木岳、鷲羽岳、スバリ岳、水晶岳
09e唐松岳より前穂高岳、奥穂高岳、蓮華岳、槍ヶ岳
     前穂高岳、奥穂高岳、蓮華岳、槍ヶ岳
09f 八方尾根より五龍岳、黒部源流域
     五龍岳
 唐松岳は少し赤みを帯びた花崗岩が分布していて、山頂から小屋への巻き道は砂地になっており、コマクサが点々と咲いていた。
10唐松岳・コマクサ群落
     コマクサ
 普通ならそのまま往路を下山して帰りの特急に間に合うのだが、どうせ家に着くのは夜遅くになるしせっかく数年ぶりの後立山なので、唐松山荘に一泊して山々の夕景と夜明けを楽しむことにした。次の機会に備えて牛首の鎖場をちょっと下見(高度感たっぷりだが、手がかりと足場はふんだんにあるので、鎖に頼らない方が落ち着いて通過できそうな気がした)、小屋の周辺の花々を撮ったり、次第に午後の逆光になってゆく劒・立山に見惚れたりして時間をつぶす。小屋の食堂には山の雑誌がずらり揃っていて、岳人のバックナンバーで我がモンテローザの会報紹介を探したが、時間切れで見つからなかった。
11 唐松岳・大黒沢源頭、ミヤマダイコンソウ
     大黒沢源頭、ミヤマダイコンソウ
 1650に夕食。西日が射し込んで暑い食堂だが、剱岳を見ながらの食事なので文句は言えない。食後、日没までまた山々を見て過ごす。じっとしているとブヨみたいな虫がわんわん集まってきてうるさい。実はその時はほとんど痛みを感じなかったのだが、手や顔を数か所刺されていて、2日後から腫れて痛痒くなった。
12 唐松岳より焼山、火打山
     夕暮れの焼山、火打山
 3日目(7/15)も400起床。快晴だが風が強い。東の山麓は一面の雲海。朝日を浴びた山々を撮り、550朝食。
13 唐松岳より焼山~高妻山、雲海
     東の雲海
 608出発、真正面が太陽ですぐに暑くてたまらなくなる。八方池810~820、八方ケルン830、八方池山荘905、黒菱平925ととんとん下り、1050白馬駅。駅前の土産物屋の2階のふじや食堂で一応「手打ち」のそばと地ビールで慰労。白馬ペールエール、美味であった。
真夏にしては珍しく、昼になっても麓から白馬三山がはっきり見えていた。
14白馬駅より白馬三山
     白馬駅より白馬三山

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初めての奥入瀬・十和田湖(2018年6月23~25日)
2018 / 06 / 29 ( Fri )

 奥入瀬、十和田湖と言えば北東北の有名な観光地であるのに、なぜか今まで行ったことがなかった。登るべき山が思いつかないこと、また新幹線の駅からの道のりが長いことが、敬遠していた理由かもしれない。しかし、写真を見るにつけても気持ちの良さそうなところなので、緑がきれいで日の長い6月に、熟年のご婦人としっぽり歩いてみることにした。まあ、ただの妻ですがね。
 6月23日、新幹線で八戸へ。郊外にある中世のお堂・清水寺観音堂(国重文)を再訪して写真を撮った後、駅前の酒屋で無濾過純米吟醸生原酒「はちつる」(720ccで1620円)を購入し、バスで80分も揺られて十和田温泉郷へ。下車して唖然とした。ほぼ廃墟・廃村なのだ! 大半の店が閉まり、ホテルと銘打った大きな建物が崩れ落ちている。我々の泊まる宿は大丈夫だろうかと不安ばかりが膨らんだ。名前は奥入瀬グリーンホテルと洒落ているものの、外見は築30年以上の合宿所という感じ。
 これでは夕食などとても期待できまい、茶色いマグロの刺身、冷めた天婦羅…そんなもんだろうと予め連れに言い含めておいた。ところが、予想外だったんですよ!
 マス類の刺身、茶碗蒸し、海老の塩焼き一人2本、もずく、ミズ(ウワバミソウ)のお浸し、赤魚と魚のつみれの味噌仕立ての鍋。さらに、姫竹の筍を皮つきで焼いたもの。量こそ多くないし、今どきの温泉観光ホテルの夕食のように「これでもか」の満艦飾でもないが、一品一品が丁寧に、しかも薄味で作ってあって、板前さんが心を込めていることが伝わってきた。どれも「はちつる」によく合う。熟年の女性は、白ご飯が美味だと三杯目に突入、同行者を絶句させた。
20180623-a 奥入瀬グリーンホテルの夕食
20180623-b 奥入瀬グリーンホテルの夕食
 翌日は832のバスで奥入瀬へ。石ヶ戸(いしげど)で下車して渓流歩きを始める。十和田湖の子ノ口までは約8kmの道のりである。お手洗いはここと途中の玉簾の滝、そして子ノ口にしかない。
20180624-002 奥入瀬・石ヶ戸
    石ヶ戸 女山賊の岩屋?
 すぐに現れる大きな石板の屋根みたいなのが石ヶ戸。昔ここに女山賊が隠れて旅人を襲ったという伝承があるが、業態としては実に非効率的で、採算が取れたとは思われない。道は渓流のすぐ横についていて、観光写真でおなじみのたおやかな流れが始終目に入る。日本では他に見られない独特の景観だ。何が違うのだろうと考えてみると、河原というものがない。たいていの渓谷は、大岩がごろごろしているか、小さな礫が河原を作っているものだが、ここでは礫の河原がなく水流ぎりぎりのところまで樹木が生えている。上流が大きな湖なので、天候にかかわらず水量が安定し、洪水にならず、このような渓谷になったのだそうだ。
20180624-013 奥入瀬
 生えている樹木は、渓谷の林の定番のカツラ、トチ、サワグルミ。それにカエデ類やブナが混じっている。カツラなど、高さ20mはあろうかという大木が沢山あった。不思議なことに針葉樹はほとんど見えない。
20180624-067 奥入瀬
 初夏の花は一段落してしまったらしく、撮影できたのはオニシモツケ、ヤグルマソウ、ダイコンソウ、タニウツギ、ツルアジサイ、ズダヤクシュ、エゾタツナミソウ、マルバネコノメソウ、サイハイラン程度。ただ至るところにウワバミソウが群生していて、Hさんではない私でさえ摘んでゆきたくなった。
20180624-080 奥入瀬・サイハイラン
      サイハイラン
 また、コケ類やシダ類も多彩で見飽きない。たまたま22日にテレ東で十和田・奥入瀬の旅番組をやっていて、地元のコケ・ガイドが登場していた。それを見たおかげで、岩の側面に生えるエビゴケは見分けがついた。
20180624-072 奥入瀬・エビゴケ
   エビゴケ
 道々、両側にいろいろな滝が現れるので、それを確認してゆくと飽きない。落差の点で一番印象的だったのは、奥入瀬川の支流にかかる雲井の滝。20mで、水量も多い。
20180624-053 奥入瀬・雲井の滝
 コースの終わり近くにある銚子大滝は、落差は7mだが、本流の滝なので水量は多く、人気の撮影スポットになっていた。
20180624-110 奥入瀬・銚子大滝
 さらに目を惹いたのは、両岸の崖に見られる板状節理。高温の火山の噴出物が積もり、くっついて固まった溶結凝灰岩である。冷えるときに体積が縮むので、規則的な割れ目が入る。奥入瀬のは水平方向に走っていて、石垣のように見える。後で知って仰天したのだが、十和田火山から来たものではなく、76万年前の八甲田第1期火砕流の堆積物だった。途轍もない大噴火だったろう。
20180624-092 奥入瀬・溶結凝灰岩の板状節理
 十和田湖畔の子ノ口に着き、後は翌日にかけて十和田湖を見学。泊った休屋地区も廃業した宿屋が軒を並べ、もはや観光地というよりは廃墟マニアの聖地になっているようだ。十和田神社というものがあり、古くに熊野信仰が伝わってきたらしい。近世には南部藩に尊崇され、恐山以上に北東北の信仰の中心だったという。残念ながら明治維新の際に修験道が禁止され、十和田信仰は途絶えてしまった。かつて行者が籠ったという岩穴が幾つも残り、怪奇な雰囲気を醸し出している。
20180625-06 十和田湖神社拝殿
    十和田神社拝殿
20180625-07 十和田湖神社・天の岩戸
    十和田神社・天の岩戸
 正しい観光客になって、遊覧船で中山半島と御蔵(おぐら)半島を巡った。どちらも、十和田湖の中にできた小カルデラ=中の湖カルデラの外輪山の一部ということになっている。東の御蔵半島の方は、爆発でできたカルデラ壁と、そこに積もった白い軽石層(中せり軽石、約5400年前)が分かるが、西の中山半島は、大半が柱状節理のある溶岩流または溶結凝灰岩でできているように見える。なぜ一つの火山体が吹き飛んで、左半身と右半身でこんなに違うのか、また、なぜ溶岩流または溶結凝灰岩なのにあんなに起伏があるのか、いろいろ調べてもまだ分からない。
20180625-23 十和田湖・御蔵半島、「五色岩」と中ゼリ層
   御蔵半島 五色岩と中せり軽石
 五色岩溶岩流は15000~12000年前の噴出とされている。その上の小さな白い箇所が中せり軽石。
20180625-34 十和田湖・瞰湖台より中山半島
   中山半島
 20180625-14 十和田湖・中山半島の材木岩
   中山半島 材木岩の柱状節理
 これも五色岩溶岩流。見事な節理だ。
 御蔵半島の先端には、巨大海亀のような山が聳えている。御蔵山という溶岩ドームで、最近の研究では7500年前にできたとされている。三内丸山あたりの縄文人は噴火を遠望したろう。「クラ」は東日本で岩の意味でよく使われるから、「オグラ」というのは、修験者たちがこの壮大な岩山を神と崇めて呼んだものだろう。事実、十和田神社の近くに、湖水越しに御蔵山を遥拝する聖地があったという(現在は危険なため立入禁止)。
20180625-29 十和田湖・御蔵山
 より正しい観光客になって、タクシーで湖の展望台をはしごする。30年前の地図ではどこも路線バスが走っていたのだが、今では車しか手段がない。ちなみに自家用車は奥入瀬歩きには不向き。また車を取りに同じ道を戻らねばならないから。
 まず休屋の東の瞰湖台へ。御蔵山を望む定番の展望台のはずなのだが、バイパスができてから通る車が減り、車道は荒れていた。展望台のすぐ横に赤い軽石の分厚い層がある。「南部軽石」と言い、約9500~8600年前に中の湖火口から噴出したもの。
20180625-40 十和田湖・瞰湖台の南部軽石
 最後に、湖の北端にあり、外輪山の中でほぼ最高点に当たる御鼻部山の展望台へ。南八甲田に続く広大なブナ林の中の道を行くが、標高400mの湖畔からは600m以上登ることになる。急斜面につけられたつづら折りの車道なので、毎年雪による損傷が激しいそうだ。展望台からは、十和田湖と中の湖カルデラが、模型を見るように分かりやすく見下ろせる。
20180625-42 御鼻部山より十和田湖
 十和田湖では平安中期の915年にも大噴火が起き、火砕流と泥流が発生、米代川下流では当時の住居が長らくその泥の中に埋もれていた。日本列島では、過去2000年間で最大規模の噴火だったとされている。その噴火の跡を眺め、3・11に思いを致すと、1000年に一度という自然災害は「いつ来てもおかしくないもの」と覚悟しておかなければ、この美しい列島に住む資格はないのだろうと思われた。
 後で分かったのだが、十和田・奥入瀬への観光客は、東日本大震災と原発事故の後で激減、宿泊施設や観光業の廃業が続出したという。修学旅行に来なくなったことが痛かったらしい。地震だけならこの地域はさほどの被害もなかったのだから、すぐに復興の道を歩めたはずなのに…。2011年夏に「東北にお金を落とそう」と皆で早池峰に登ったように、できるだけ東北の山に行くことにしよう。同行者は、帰りの新幹線の中で早速、友達と秋に来る計画を立てていた。秋は宿の値段がぐんと高くなるんだが、いいのかしらん。

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5月会山行 四ツ又山~鹿岳
2018 / 05 / 28 ( Mon )
5月の会山行は、西上州・四ツ又山~鹿岳。
メンバーは、リーダーCAさん、MYさん、メイメイ、HSさん、ぼっち、の5名。

曇り空ではあるものの、やわらかい緑と、ヤマツツジの鮮やかな朱色に目も心も洗われる。
ふと足元を見ると、そこかしこにオトシブミがコロコロと。

四つ又山にて、ニュー会旗で記念撮影。
今回は、デザイン担当も写ってま~す!

DSCN3523_トリミング

3月にお目見えして以来、まだ3ヶ月だけど、どの山でも鮮やかに写ってくれて嬉しい。

山頂から見える鹿岳は、遠く感じる。

DSCN3524_トリミング

実際、細かいアップダウンがあって、結構遠く感じた。

鹿岳は双耳峰。
我々は、一ノ岳に登った後、二ノ岳から北西へ稜線を辿り、下高原へ下る。
一ノ岳山頂にて雨が降り始め、雨具を着る。

DSCN3527_トリミング

二ノ岳へのはしごは、丸太に丸太を括りつけただけの木のはしごだった…。

RIMG1055_トリミング

二ノ岳山頂では、すっかり本降りの雨。
背の低い草木が含んだ雨で、思っていた以上に足元が濡れる。

DSCN3528_トリミング

二ノ岳から先は、標識布を頼りに、道らしき踏み跡を辿る。

小一時間歩いたかと思われる頃になっても、下高原への下り口が見当たらず、
行き過ぎたのではないかと一旦引き返す。

地図を確認するも、やはりこれがルートで間違いなかろうと、再び引き返す。
行き過ぎたかと思った場所より、もう少し進んだところで、下高原への
下り口を見つけることができた。

RIMG1057_トリミング

稜線はなだらかであるが、集落へは急な下りが続く。
ロープやら、鎖やらを交え、樹林の中というのに、すっかり濡れ鼠になって下る。
伐採地に出たと思ったら、木々岩峠へと続く林道とも重なっていた。

鞍部から一ノ岳、二ノ岳をそれぞれピストンして、鹿岳登山口の駐車場へ下る人が多いのだろう。
人気の少ない道であった。
西上州らしいといえば、言えるかな。

ずぶ濡れになった服を、最寄の道の駅で着替えて人心地ついた。
あとは、本庄駅前の居酒屋で打ち上げだ~!
レンタカー利用だと、みんなで打ち上げできるのが嬉しいね。
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道志・今倉山、二十六夜山~大展望と晩秋の色~(20181117)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 849に都留市駅で電車を降りると、あれっ、一人足りない?? 何某さんが京王線車内で眠ってしまい、高尾山口まで乗り過ごしてしまったという。仕方ないので、タクシーで追いかけてもらうことにして、915発のバスに乗る。ところが! 富士急の次の電車がつくのは917なのだ! しかも、運転手さんは915にバスを転がしてくると、「ちょっとトイレ」と言って消えてしまった。おお、トイレが長引いてくれれば、917に着く何某さんも駆け込めるのではないか? 一同、「もっとゆっくりトイレして」「ついでに大きいのも…」と必死で祈ったが、運転手さんの膀胱には通じなかったようで、バスは無情にも出発した…。それにしても、917に電車が着くのに915発にするとは意地悪だ。おまけに最新のホームページには「910発」と掲載されている(↓)。どうなっておるのか!
バスダイヤ
 バスは町を抜けて東の山中に入ってゆく。御正体山の登山口(細野)というのも過ぎた。紅葉の美しいヘアピンカーブを上り、945、道坂隧道着。おや、何某さんが先に着いている! バスが回り道しているのを尻目に、ショートカットで上ってきたのだった。タクシーの運転手さんは道々、地元の酒・笹一の自慢と、このあたりから見る富士山が一番きれいであることを繰り返していたという。後者に関しては、静岡県で生まれ育ったKHさんとしては「異議あり」であろう。
 950出発、手入れを放棄されたらしいカラマツやヒノキの混じった林を登る。1005、道坂峠と今倉山東峰を結ぶ尾根に出た。南東に菰釣山など西丹沢の連なりが見える。登山道は、もう落葉した広葉樹林の中を、尾根通しにはっきりついている。
20181117-03 今倉山東峰
     南からの今倉山東峰
 ところが、後で本を読むと、数十年前までこの尾根は道志名物のひどい薮で通過困難だったという。俄かには信じがたい話だが、今は薮のかけらもないのはありがたい。大汗かいてばててはいけないので意識的にゆっくり登ったが、それでも予定より早く1045に山頂に着いてしまった。富士山はあいにく林に邪魔されている。
 1105出発、少し下って登り返すと西峰(1480m)。ここも林ですっきりした展望はないが、ちょっと西の道端に露岩があり、そこからは富士山、御正体山、鹿留山の三尊像と、西の三ッ峠山、南アルプス方面が見えた。ここから急下降し、幅広い尾根を登り返す。1138~1205、360度の大展望の赤岩(1450m)。まずは南の富士山三尊。御正体山の深い山襞がいかにも晩秋の山らしく立派ではないか。
20181117-10 御正体山、富士山、鹿留山
   御正体山、富士山、鹿留山
 三ッ峠山の奥には、笊ヶ岳から甲斐駒ヶ岳までの南アルプスが見える。意外に雪がない。
20181117-13 三ッ峠山、南アルプス
    三ッ峠山と南アルプス
 北西には、茅ヶ岳、笹子のお坊山、八ヶ岳が見える。実は茅ヶ岳の奥に北アルプスのどこかが見えていて、後でアップをよく見たら穂高連峰であった。
20181117-18 穂高連峰、茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
    茅ヶ岳、お坊山、八ヶ岳
 もう少し北に行くと、金峰山~北奥仙丈ヶ岳の奥秩父核心部と、滝子山から雁ヶ腹摺山にかけての大菩薩連嶺。
20181117-25 金峰山、大菩薩連嶺
    金峰山、大菩薩連嶺
 ほぼ真北は、雁ヶ腹摺山東の楢ノ木尾根の奥に飛龍山、そして東に雲取山。手前は九鬼山であろう。
20181117-37 飛龍山、雲取山
     飛龍山、雲取山
 北東に目を転ずれば、奥多摩の御前山、大岳山が見えるが、御前山の左に霞んでいたのは日光の男体山であった!
20181117-24 御前山~大岳山、男体山
    御前山、大岳山(手前は大桑山、高畑倉山)
 山頂の山名表示盤には白根山は書いてあったが、男体山は抜けていた。筑波山も見えるようだが、この日は霞んで分からなかった。こうしてみると、この山からは深田百名山のうちかれこれ17ぐらいが望めることになる。白根山、男体山、筑波山、丹沢山、富士山、聖岳、赤石岳、悪沢岳、塩見岳、北岳、仙丈ヶ岳、鳳凰三山、穂高岳、八ヶ岳、金峰山、大菩薩嶺、雲取山…なかなか凄いところだ。しかも南には箱根山と大涌谷の噴気も見えた。道志から箱根が見えるとは思わなんだ。
20181117-09 菰釣山、箱根山
     菰釣山の奥に箱根・明神ヶ岳と神山
 主稜線をだらだら下り、1242、林道に出る。行く手には二十六夜山がどんと聳えている。
20181117-32 二十六夜山
     二十六夜山
 もう登りはつらいなあと思ったが、さほどの手間もなく山頂に1256着。ここも南~西の展望が良い。江戸時代、旧暦一月と七月の二十六夜の月の出を拝むと月光の中に弥陀・観音・勢至の三尊が現れるという信仰があり、深夜の月の出まで寝ずにいる行事があった。主に江戸の高輪、品川あたりで盛んだったそうで、広重描く高輪の二十六夜月待は、女郎や酔漢がどんちゃん騒ぎ、イカ大王みたいな蛸の着ぐるみ男まで出て、まるでカーニヴァルか渋谷のハロウィーンである。わざわざこの山のてっぺんでそんな騒ぎをしたとすると、酔狂なことである。
広重

広重2
    広重『東都名所 高輪廿六夜待遊興之図』
 我ら清く正しい岳人はストイックに一路北へ下る。途中から矢名沢に降下、仙人水という湧水を汲んで、芭蕉月待ちの湯へと下った。予定より1時間早いペースで、風呂に入ることができた。そこでとりあえずビール、大月駅前の濱野屋でワインと日本酒…あれあれ、高輪月待と同じことになっちまったわい! でも、しみじみ良い一日であった。
20181117-g 仙人水
       仙人水

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盆栽火山群? 那須茶臼岳・南月山(20181009)
2018 / 11 / 20 ( Tue )

 528京王多摩センター発で新宿へ。そこから大宮に行き、706のやまびこに乗る。宇都宮あたりはどんより曇り、日光連山も雲で見えない。残念、これでは登山は無理かなと思っていたら、北に向かうにつれて明るくなり、那須は稜線が見えた。雲間からは西の青空も見える。よっしゃ! 754那須塩原着。805西口発の始発バスに乗る。乗り口で「二日間乗り放題切符」というのを売っている。ロープウェイ駅まで単純に往復するより安く、途中下車もできて便利らしい。2600円出して購入。バスは黒磯駅を経由してからゆるゆると那須高原を登ってゆく。920ロープウェイ駅。残念ながらガスっている。940の便で山頂駅へ。ガスが薄くなって陽光が指し、ガスの切れ間から茶臼岳の溶岩ドームが見えた。二度目の「よっしゃ!」
20181009-02 那須茶臼岳
    茶臼岳溶岩ドーム
 948出発、ざれた幅広い登山道を登ってゆくと、溶岩の上の道に変わった。しかし途中、明らかに溶岩ではない岩がある。火山礫と火山灰が層状に固まったもののようだ。ということは溶岩ドームの一部ではない。『フィールドガイド 日本の火山』によれば、茶臼岳の溶岩ドームは室町時代の1410年の噴火で形成されたもので、ドームの下には茶臼火砕丘という擂鉢型の火山がある。目前の岩は、この火砕丘を作る、約2600年前の降下火砕堆積物であった。
20181009-05 那須茶臼岳・火砕丘の降下火砕堆積物
    茶臼火砕丘の降下火砕堆積物
 1022、茶臼岳の最高点(1915m)着。祠がある。那須連山の最高峰は三本槍岳(1917m)だが、見た目で盟主と言えるのはこの茶臼岳だから、「百名山」としての那須登頂とみなしてもらおう。 
 北は雲の切れ間に三本槍岳と朝日岳が時折覗くが、他は雲の中。
20181009-12 那須茶臼岳より朝日岳
    朝日岳
 1036出発、火口(と言ってもここから噴火したのではなく、溶岩ドームができた後で地下の圧力が下がり、一部の溶岩が地下に戻ってしまって凹地になったのだそうだ)を時計回りに半周して峰ノ茶屋方面に下る。途中に細長い窪地があり、こちらは茶臼火砕丘の火口壁と溶岩ドームの隙間。面白いことに、漬物石ぐらいの岩が何列も畑の畝のように並んでいる。一瞬人間が作ったものかと思ったが、こんなものを作る意味が分からない。ひょっとすると、凍結の繰り返しによる微地形「条線土」ではなかろうか。そういえば、かの裸の大将・山下清画伯は、徳島県の奇景・土柱を初めて見て、「これは人間が作ったものじゃないよな。こんなものをわざわざ作るのは馬鹿らしいもんな。」とコメントしたという。まさにその通りだ。
20181009-21 那須茶臼岳、旧火砕丘、条線土?
    条線土?
 硫黄鉱山跡から茶臼岳の西山腹を巻いて、噴気口の下を通ってゆく。下の森はかなり色づいて、東北の山のような秋色を見せる。
20181009-25 那須茶臼岳西山腹
    茶臼岳西山腹の紅葉
 1126、牛ヶ首で稜線に出る。少しやせた箇所もある灌木の尾根を登って、1144、日の出平(1786m)。ナナカマド、ミネザクラ、カエデ類が目立つ。南に向かって、ややガスった中をだらだら下り、最後に一登りすると南月山(1776m)。県警の山岳救助隊の人たち20人ほどが訓練中で休憩していた。往路を引き返して日の出平1222。牛ヶ首近くからは茶臼岳と無間地獄の噴気がよく見える。
20181009-35 那須茶臼岳
    茶臼岳と無間地獄
 時間があるので西山腹のひょうたん池を往復することにする。姥ヶ平に急下降し、200mほどの長い木道で池の展望台へ。
20181009-48 那須・ひょうたん池、茶臼岳
    ひょうたん池と茶臼岳
 1327牛ヶ首に戻り、巻き道をロープウェイ駅へ。台湾からの観光客グループがいて、「日本Beautiful」と喜んでいた。1400のロープウェイで下山し、温泉には入らずに帰京。感覚としては山の規模が南アルプスの二割程度で、短時間で幾つものピークを回れる。いわば盆栽のような火山群だが、まあこんな山もあっていいのかも。次は三斗小屋温泉に泊まり、朝日岳、三本槍岳に登ろう!

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気恥ずかしい北アルプス・唐松岳(7/13-15)
2018 / 07 / 20 ( Fri )

 実はこの記事を書くの、とても恥ずかしいのである。だってですよ、仮にも45年山歩きをしてきて、今さら「八方尾根から唐松岳往復」なんて、とても人様に言えないじゃないですか! 山ガール(数年前そんな言葉がありましたっけねえ)の北アルプス・デビューとか、ヤマケイの「特集・北アルプス入門」じゃあるまいし…。まるで「初めて京都に旅行して、清水寺と金閣寺と祇園を見て、生八つ橋食べて、舞妓さんと写真も撮りました!」とはしゃいでるみたい。
 でも、やっぱり行って良かったから、写真でご紹介つかまつりませう。
 初日(7/13)は、朝東京を出発して白馬駅下車、バスで昼に八方バスターミナル。炎天下を20分近く歩いてゴンドラ・アダムの乗り場へ。まずは兎平に上がる。そこからクアッドとかいう乗り物で黒菱平へ。目の前に鎌池があり、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ、ワタスゲなどが咲いている。ここからは折角なのでクアッドを使わず歩いて八方池山荘に登ることにする。オニシモツケ、シモツケソウ、クガイソウ、ハクサンタイゲキ、イワシモツケ、ムシトリスミレ(食虫植物)、ウラジロヨウラク、イワキンバイ、ヤマブキショウマ、タテヤマウヅグサ、シロバナクモマニガナ、テガタチドリ、オニアザミ、ハッポウウスユキソウ、エゾシオガマ、ヨツバシオガマ、クルマユリ、キバナノカワラマツバ、ミヤマシシウド、タカネナデシコなど、期待通りの多種多様な花々に出会えた。
01 八方尾根・鎌池、ニッコウキスゲ、コバイケイソウ(長野県白馬村)
    鎌池
02 八方尾根・タテヤマウツボグサ
    タテヤマウツボグサ
 山荘は翌日は予約で満員とのことだったが、平日だったので一部屋に4人だけというゆったりした環境。屋内のトイレは何と温水洗浄で、夕食はバイキング形式でおかずも多彩だった。残雪の頃泊まって山々を眺めると気持ち良さそうだ。夕方になると、北東に雨飾山、焼山、火打山、妙高山、乙妻山、高妻山、戸隠山、飯綱山などの信越の山々が見えてきた。さらに、白馬三山を隠していた雲も消えてゆき、稜線が姿を見せてくれた。
03 八方尾根より白馬三山
     日暮れの白馬三山
 翌日(7/14)400起床してびっくり。どんよりと雲が垂れ込めている! そんなはずではなかったのにと焦っていると、雲の切れ目から覗く空が明るい。これはいずれ消える雲だろうと思ううちに、どんどん視界が広がってきた。500朝食、537出発。もう白馬岳が見え、一登りすると鹿島槍ヶ岳、五龍岳も見えてきた。これがまた山岳写真でお馴染みの風景で、改めて気恥ずかしくなってしまう。映画やテレビで見慣れたスターが目の前に立っているような気分だ。
04八方尾根より鹿島槍ヶ岳、五龍岳
     鹿島槍ヶ岳と五龍岳
 道にはイブキジャコウソウ、ハクサンシャジン、ミヤマママコナ、オオバギボウシ、ミヤマアズマギク、ウメハタザオらしいもの、イブキボウフウ、クモマミミナグサ、ミヤマムラサキ。少し湿った所にはユキワリソウ。
 635、2035mの八方ケルン。710~720、八方池。
05八方池より白馬三山
     八方池と白馬三山
 すっかり晴れて背中から照らされるので暑くてかないません。この先で道はダケカンバの林に入る。おやっ? 何か変でしょ? だって、普通はダケカンバ林の上に高山のお花畑が広がるものでは? そう、ここでは低い方が草原で、その上に林が現れるのだ。なぜだろうかと考えて、一つの仮説は地質の違い。今までは植物にとって有害な物質を含む蛇紋岩地帯で、岩がちだった。しかしダケカンバ林の地面は、蛇紋岩ではない黒っぽい砂利と土でできている。これなら林が成立するだろう。
06 八方尾根・ダケカンバ林と黒い砂礫
     ダケカンバ林
 その先で雪渓が現れ、傍らにはオオサクラソウやシラネアオイ、エンレイソウ、サンカヨウが咲いていた。おおむね亜高山帯の森林の花だ。
06a 八方尾根・オオサクラソウ
     オオサクラソウ
 2か所ほど雪渓を登るが、もうぐずぐずで、アイゼンは不要だった。825丸山ケルン。だんだん正面の不帰嶮が立派に見えてくる。
07 八方尾根より不帰嶮
     不帰嶮
 尾根の南を巻く道は、雪渓のコンディションのせいかまだ閉ざされていて、道は尾根通しに行く。上の方は左右が切れ落ちたヤセ尾根になっていたが、そこは「入門コース」だけあって、金属パイプや木でしっかり手すりが作ってあった。意外にあっけなく920、主稜線に出る。2600mなので少し酸素が薄い気がする。唐松沢源頭の、クレバスの入った雪渓を見下ろしつつ、唐松岳まで最後の一登り。948、山頂に着いた。
08 八方尾根より唐松岳、不帰嶮
     唐松岳と不帰嶮
 さすが後立山の主稜線上のピークだけあって、展望は素晴らしい。北は白馬三山と手前に不帰嶮。西は黒部川を挟んで北から、毛勝三山、剱岳、立山、薬師岳、赤牛岳、水晶岳、鷲羽岳。南奥に槍ヶ岳、奥穂高岳、前穂高岳。その手前に蓮華岳、針ノ木岳、西尾根が怪異なスバリ岳、そして五龍岳。残念ながら鹿島槍は見えない。今年は雪が少なかったはずなのに、まだ7月半ばだからか残雪がたっぷりあって、スイスの山々を見ているようだ。殊に水晶岳東面のカールの雪が美しく、いつの日にかあの頂に立ちたいと強く思わせた。
08b 唐松岳より毛勝三山
     毛勝三山
09a 八方尾根より剱岳
     剱岳
09b 八方尾根より立山
     立山
09c 唐松岳より薬師岳
     薬師岳
09d 唐松岳より針ノ木岳、鷲羽岳、スバリ岳、水晶岳
     針ノ木岳、鷲羽岳、スバリ岳、水晶岳
09e唐松岳より前穂高岳、奥穂高岳、蓮華岳、槍ヶ岳
     前穂高岳、奥穂高岳、蓮華岳、槍ヶ岳
09f 八方尾根より五龍岳、黒部源流域
     五龍岳
 唐松岳は少し赤みを帯びた花崗岩が分布していて、山頂から小屋への巻き道は砂地になっており、コマクサが点々と咲いていた。
10唐松岳・コマクサ群落
     コマクサ
 普通ならそのまま往路を下山して帰りの特急に間に合うのだが、どうせ家に着くのは夜遅くになるしせっかく数年ぶりの後立山なので、唐松山荘に一泊して山々の夕景と夜明けを楽しむことにした。次の機会に備えて牛首の鎖場をちょっと下見(高度感たっぷりだが、手がかりと足場はふんだんにあるので、鎖に頼らない方が落ち着いて通過できそうな気がした)、小屋の周辺の花々を撮ったり、次第に午後の逆光になってゆく劒・立山に見惚れたりして時間をつぶす。小屋の食堂には山の雑誌がずらり揃っていて、岳人のバックナンバーで我がモンテローザの会報紹介を探したが、時間切れで見つからなかった。
11 唐松岳・大黒沢源頭、ミヤマダイコンソウ
     大黒沢源頭、ミヤマダイコンソウ
 1650に夕食。西日が射し込んで暑い食堂だが、剱岳を見ながらの食事なので文句は言えない。食後、日没までまた山々を見て過ごす。じっとしているとブヨみたいな虫がわんわん集まってきてうるさい。実はその時はほとんど痛みを感じなかったのだが、手や顔を数か所刺されていて、2日後から腫れて痛痒くなった。
12 唐松岳より焼山、火打山
     夕暮れの焼山、火打山
 3日目(7/15)も400起床。快晴だが風が強い。東の山麓は一面の雲海。朝日を浴びた山々を撮り、550朝食。
13 唐松岳より焼山~高妻山、雲海
     東の雲海
 608出発、真正面が太陽ですぐに暑くてたまらなくなる。八方池810~820、八方ケルン830、八方池山荘905、黒菱平925ととんとん下り、1050白馬駅。駅前の土産物屋の2階のふじや食堂で一応「手打ち」のそばと地ビールで慰労。白馬ペールエール、美味であった。
真夏にしては珍しく、昼になっても麓から白馬三山がはっきり見えていた。
14白馬駅より白馬三山
     白馬駅より白馬三山

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初めての奥入瀬・十和田湖(2018年6月23~25日)
2018 / 06 / 29 ( Fri )

 奥入瀬、十和田湖と言えば北東北の有名な観光地であるのに、なぜか今まで行ったことがなかった。登るべき山が思いつかないこと、また新幹線の駅からの道のりが長いことが、敬遠していた理由かもしれない。しかし、写真を見るにつけても気持ちの良さそうなところなので、緑がきれいで日の長い6月に、熟年のご婦人としっぽり歩いてみることにした。まあ、ただの妻ですがね。
 6月23日、新幹線で八戸へ。郊外にある中世のお堂・清水寺観音堂(国重文)を再訪して写真を撮った後、駅前の酒屋で無濾過純米吟醸生原酒「はちつる」(720ccで1620円)を購入し、バスで80分も揺られて十和田温泉郷へ。下車して唖然とした。ほぼ廃墟・廃村なのだ! 大半の店が閉まり、ホテルと銘打った大きな建物が崩れ落ちている。我々の泊まる宿は大丈夫だろうかと不安ばかりが膨らんだ。名前は奥入瀬グリーンホテルと洒落ているものの、外見は築30年以上の合宿所という感じ。
 これでは夕食などとても期待できまい、茶色いマグロの刺身、冷めた天婦羅…そんなもんだろうと予め連れに言い含めておいた。ところが、予想外だったんですよ!
 マス類の刺身、茶碗蒸し、海老の塩焼き一人2本、もずく、ミズ(ウワバミソウ)のお浸し、赤魚と魚のつみれの味噌仕立ての鍋。さらに、姫竹の筍を皮つきで焼いたもの。量こそ多くないし、今どきの温泉観光ホテルの夕食のように「これでもか」の満艦飾でもないが、一品一品が丁寧に、しかも薄味で作ってあって、板前さんが心を込めていることが伝わってきた。どれも「はちつる」によく合う。熟年の女性は、白ご飯が美味だと三杯目に突入、同行者を絶句させた。
20180623-a 奥入瀬グリーンホテルの夕食
20180623-b 奥入瀬グリーンホテルの夕食
 翌日は832のバスで奥入瀬へ。石ヶ戸(いしげど)で下車して渓流歩きを始める。十和田湖の子ノ口までは約8kmの道のりである。お手洗いはここと途中の玉簾の滝、そして子ノ口にしかない。
20180624-002 奥入瀬・石ヶ戸
    石ヶ戸 女山賊の岩屋?
 すぐに現れる大きな石板の屋根みたいなのが石ヶ戸。昔ここに女山賊が隠れて旅人を襲ったという伝承があるが、業態としては実に非効率的で、採算が取れたとは思われない。道は渓流のすぐ横についていて、観光写真でおなじみのたおやかな流れが始終目に入る。日本では他に見られない独特の景観だ。何が違うのだろうと考えてみると、河原というものがない。たいていの渓谷は、大岩がごろごろしているか、小さな礫が河原を作っているものだが、ここでは礫の河原がなく水流ぎりぎりのところまで樹木が生えている。上流が大きな湖なので、天候にかかわらず水量が安定し、洪水にならず、このような渓谷になったのだそうだ。
20180624-013 奥入瀬
 生えている樹木は、渓谷の林の定番のカツラ、トチ、サワグルミ。それにカエデ類やブナが混じっている。カツラなど、高さ20mはあろうかという大木が沢山あった。不思議なことに針葉樹はほとんど見えない。
20180624-067 奥入瀬
 初夏の花は一段落してしまったらしく、撮影できたのはオニシモツケ、ヤグルマソウ、ダイコンソウ、タニウツギ、ツルアジサイ、ズダヤクシュ、エゾタツナミソウ、マルバネコノメソウ、サイハイラン程度。ただ至るところにウワバミソウが群生していて、Hさんではない私でさえ摘んでゆきたくなった。
20180624-080 奥入瀬・サイハイラン
      サイハイラン
 また、コケ類やシダ類も多彩で見飽きない。たまたま22日にテレ東で十和田・奥入瀬の旅番組をやっていて、地元のコケ・ガイドが登場していた。それを見たおかげで、岩の側面に生えるエビゴケは見分けがついた。
20180624-072 奥入瀬・エビゴケ
   エビゴケ
 道々、両側にいろいろな滝が現れるので、それを確認してゆくと飽きない。落差の点で一番印象的だったのは、奥入瀬川の支流にかかる雲井の滝。20mで、水量も多い。
20180624-053 奥入瀬・雲井の滝
 コースの終わり近くにある銚子大滝は、落差は7mだが、本流の滝なので水量は多く、人気の撮影スポットになっていた。
20180624-110 奥入瀬・銚子大滝
 さらに目を惹いたのは、両岸の崖に見られる板状節理。高温の火山の噴出物が積もり、くっついて固まった溶結凝灰岩である。冷えるときに体積が縮むので、規則的な割れ目が入る。奥入瀬のは水平方向に走っていて、石垣のように見える。後で知って仰天したのだが、十和田火山から来たものではなく、76万年前の八甲田第1期火砕流の堆積物だった。途轍もない大噴火だったろう。
20180624-092 奥入瀬・溶結凝灰岩の板状節理
 十和田湖畔の子ノ口に着き、後は翌日にかけて十和田湖を見学。泊った休屋地区も廃業した宿屋が軒を並べ、もはや観光地というよりは廃墟マニアの聖地になっているようだ。十和田神社というものがあり、古くに熊野信仰が伝わってきたらしい。近世には南部藩に尊崇され、恐山以上に北東北の信仰の中心だったという。残念ながら明治維新の際に修験道が禁止され、十和田信仰は途絶えてしまった。かつて行者が籠ったという岩穴が幾つも残り、怪奇な雰囲気を醸し出している。
20180625-06 十和田湖神社拝殿
    十和田神社拝殿
20180625-07 十和田湖神社・天の岩戸
    十和田神社・天の岩戸
 正しい観光客になって、遊覧船で中山半島と御蔵(おぐら)半島を巡った。どちらも、十和田湖の中にできた小カルデラ=中の湖カルデラの外輪山の一部ということになっている。東の御蔵半島の方は、爆発でできたカルデラ壁と、そこに積もった白い軽石層(中せり軽石、約5400年前)が分かるが、西の中山半島は、大半が柱状節理のある溶岩流または溶結凝灰岩でできているように見える。なぜ一つの火山体が吹き飛んで、左半身と右半身でこんなに違うのか、また、なぜ溶岩流または溶結凝灰岩なのにあんなに起伏があるのか、いろいろ調べてもまだ分からない。
20180625-23 十和田湖・御蔵半島、「五色岩」と中ゼリ層
   御蔵半島 五色岩と中せり軽石
 五色岩溶岩流は15000~12000年前の噴出とされている。その上の小さな白い箇所が中せり軽石。
20180625-34 十和田湖・瞰湖台より中山半島
   中山半島
 20180625-14 十和田湖・中山半島の材木岩
   中山半島 材木岩の柱状節理
 これも五色岩溶岩流。見事な節理だ。
 御蔵半島の先端には、巨大海亀のような山が聳えている。御蔵山という溶岩ドームで、最近の研究では7500年前にできたとされている。三内丸山あたりの縄文人は噴火を遠望したろう。「クラ」は東日本で岩の意味でよく使われるから、「オグラ」というのは、修験者たちがこの壮大な岩山を神と崇めて呼んだものだろう。事実、十和田神社の近くに、湖水越しに御蔵山を遥拝する聖地があったという(現在は危険なため立入禁止)。
20180625-29 十和田湖・御蔵山
 より正しい観光客になって、タクシーで湖の展望台をはしごする。30年前の地図ではどこも路線バスが走っていたのだが、今では車しか手段がない。ちなみに自家用車は奥入瀬歩きには不向き。また車を取りに同じ道を戻らねばならないから。
 まず休屋の東の瞰湖台へ。御蔵山を望む定番の展望台のはずなのだが、バイパスができてから通る車が減り、車道は荒れていた。展望台のすぐ横に赤い軽石の分厚い層がある。「南部軽石」と言い、約9500~8600年前に中の湖火口から噴出したもの。
20180625-40 十和田湖・瞰湖台の南部軽石
 最後に、湖の北端にあり、外輪山の中でほぼ最高点に当たる御鼻部山の展望台へ。南八甲田に続く広大なブナ林の中の道を行くが、標高400mの湖畔からは600m以上登ることになる。急斜面につけられたつづら折りの車道なので、毎年雪による損傷が激しいそうだ。展望台からは、十和田湖と中の湖カルデラが、模型を見るように分かりやすく見下ろせる。
20180625-42 御鼻部山より十和田湖
 十和田湖では平安中期の915年にも大噴火が起き、火砕流と泥流が発生、米代川下流では当時の住居が長らくその泥の中に埋もれていた。日本列島では、過去2000年間で最大規模の噴火だったとされている。その噴火の跡を眺め、3・11に思いを致すと、1000年に一度という自然災害は「いつ来てもおかしくないもの」と覚悟しておかなければ、この美しい列島に住む資格はないのだろうと思われた。
 後で分かったのだが、十和田・奥入瀬への観光客は、東日本大震災と原発事故の後で激減、宿泊施設や観光業の廃業が続出したという。修学旅行に来なくなったことが痛かったらしい。地震だけならこの地域はさほどの被害もなかったのだから、すぐに復興の道を歩めたはずなのに…。2011年夏に「東北にお金を落とそう」と皆で早池峰に登ったように、できるだけ東北の山に行くことにしよう。同行者は、帰りの新幹線の中で早速、友達と秋に来る計画を立てていた。秋は宿の値段がぐんと高くなるんだが、いいのかしらん。

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5月会山行 四ツ又山~鹿岳
2018 / 05 / 28 ( Mon )
5月の会山行は、西上州・四ツ又山~鹿岳。
メンバーは、リーダーCAさん、MYさん、メイメイ、HSさん、ぼっち、の5名。

曇り空ではあるものの、やわらかい緑と、ヤマツツジの鮮やかな朱色に目も心も洗われる。
ふと足元を見ると、そこかしこにオトシブミがコロコロと。

四つ又山にて、ニュー会旗で記念撮影。
今回は、デザイン担当も写ってま~す!

DSCN3523_トリミング

3月にお目見えして以来、まだ3ヶ月だけど、どの山でも鮮やかに写ってくれて嬉しい。

山頂から見える鹿岳は、遠く感じる。

DSCN3524_トリミング

実際、細かいアップダウンがあって、結構遠く感じた。

鹿岳は双耳峰。
我々は、一ノ岳に登った後、二ノ岳から北西へ稜線を辿り、下高原へ下る。
一ノ岳山頂にて雨が降り始め、雨具を着る。

DSCN3527_トリミング

二ノ岳へのはしごは、丸太に丸太を括りつけただけの木のはしごだった…。

RIMG1055_トリミング

二ノ岳山頂では、すっかり本降りの雨。
背の低い草木が含んだ雨で、思っていた以上に足元が濡れる。

DSCN3528_トリミング

二ノ岳から先は、標識布を頼りに、道らしき踏み跡を辿る。

小一時間歩いたかと思われる頃になっても、下高原への下り口が見当たらず、
行き過ぎたのではないかと一旦引き返す。

地図を確認するも、やはりこれがルートで間違いなかろうと、再び引き返す。
行き過ぎたかと思った場所より、もう少し進んだところで、下高原への
下り口を見つけることができた。

RIMG1057_トリミング

稜線はなだらかであるが、集落へは急な下りが続く。
ロープやら、鎖やらを交え、樹林の中というのに、すっかり濡れ鼠になって下る。
伐採地に出たと思ったら、木々岩峠へと続く林道とも重なっていた。

鞍部から一ノ岳、二ノ岳をそれぞれピストンして、鹿岳登山口の駐車場へ下る人が多いのだろう。
人気の少ない道であった。
西上州らしいといえば、言えるかな。

ずぶ濡れになった服を、最寄の道の駅で着替えて人心地ついた。
あとは、本庄駅前の居酒屋で打ち上げだ~!
レンタカー利用だと、みんなで打ち上げできるのが嬉しいね。
00:38:04 | ハイキング・縦走 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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